恒例目的地選別編・2

2・赤影とゆけ!

 慌ててオチアイに伊豆断念の早馬を飛ばし、旅行再計画立案に取り掛かった。
 さて、どこに行こう?
 その時、なぜかどういうわけか、僕の頭に閃光が走った。
 …いやいや、いきなりうちの奥さんに後頭部を殴られたのではない。ひらめきの閃光である。

 飛騨高山に行こう!!

 今思い起こしても、なんでいきなり思いついたのかまったく記憶にない。ああいうのを人は神の啓示と呼ぶのであろうか…。
 ともかくこうして飛騨高山に行くことに決まった。

 飛騨…。
 その浮世離れした地名を耳にして、みなさんはいったい何を思い浮かべるだろうか。
 小京都と称される古い町並み?
 お祭り?
 一刀彫?
 地酒?牛肉?ラーメン?テレビ小説のさくら?
 どれもこれも飛騨高山地方を代表するものばかりではあるけれど、残念ながら僕はそのどれでもなかった。
 飛騨と聞いて思い出すもの―――それは

 赤影参上!!

 だって、そうでしょう?
 当サイト読者の中心的世代であろう昭和40年前後生まれの方の少年時代、赤影といえばどこの誰だか知らないけれど、誰もがみんな知っている――あ、それは月光仮面だった。とにかくチョー有名なのである。
 それほどまでに有名な赤影をご存じないというとんでもない方のために、いったい赤影はどういう人なのかをカンタンに説明しよう。以下はテレビ番組「仮面の忍者 赤影」のオープニングのナレーションである。

 豊臣秀吉が木下藤吉郎だった頃、
 琵琶湖の南に「金目教」という怪しい宗教が流行っていた。
 それを信じない者は恐ろしいタタリに見舞われるという。
 その正体は何か。
 藤吉郎は金目教の秘密を探るため、
 
飛騨の国から仮面の忍者を呼んだ。
 その名は

 「赤影参上!」

 赤影は飛騨の忍者なのだ。
 子供の頃からその事実を知っていた僕が、飛騨の国を伊賀の国のような忍者の里としてイメージしていたことはいうまでもない。

 紅顔の美少年もすっかり昔日の面影を失ってしまった現在、さすがに飛騨は忍者の里であるなどという愚かしい認識は持ってはいない。とはいえ地名に抱くイメージだけはいかんともしがたい。飛騨が現在どうあろうとも、僕にとっては赤影の故郷なのである。
 赤影役の坂口祐三郎も白影役の牧冬吉も天国に行ってしまった今、我々が赤影さんに出会えるとするなら昔の再放送しかない。でも飛騨に行けば、ひょっとして赤影さんたちに出会えるかもしれない……。
 そんなかすかな希望を胸に、伊豆・大瀬崎計画から大幅に書き換えられた旅程を煮詰めていったのだった。

 ひとたび行くと決めて調べてみると、飛騨高山は実に魅力溢れる土地であることに気づく。
 なにしろ旅行といえば食い物だと決めている我々である。たとえ美味しくないという評判が立っていようとも、その地のものであれば食べてみたい、飲んでみたい。
 飛騨には、美味しいとされている名品が数々ある。
 飛騨牛(牛串、牛玉焼き含む)
 朴葉みそ
 漬物
 地酒の数々
 地ビール
 みたらし団子
 高山ラーメン
 手打ちそば
 ………
 そしてそれらを包み込むように広がる古い町並み、伝統文化。
 おまけに最近は高山にも温泉が出たそうで(例によって無理矢理掘ったものなのだろうけど)、かけっぱなしではないものの宿でも温泉に浸かれるという。
 これで飛騨高山での目的は決まった。

 街を歩き回って赤影に出会い、美しいたたずまいを味わって美味しいものを食べまくり、地酒を堪能して温泉に浸かる!

 なんだよ、赤影以外いつもと変わんないじゃん…
 そんなつれないことを言ってはいけない。いつも同じテーマで行くからこそ、土地ごとの違いがわかってくるのだ。

 ところで。
 北海道に行って以来すっかり雪に魅せられてしまった我々は、今年もやはり雪を見たかった。
 …そういうと聞こえが良すぎるので正直に言おう、大枚はたいて手に入れたストロングな防寒着を有効に使いたいという気持ちも確かにあった。
 はたして、飛騨地方の冬に雪は……?

 調べてみて、自分の無知を思い知らされた。
 飛騨地方は厳寒の地であった。
 なにしろ分水嶺で分けるなら飛騨地方は日本海側なのである。雪が積もるのである。すごいのである。
 沖縄から来ることを知った宿の方は、
 「厳冬期ですので、暖かくしてお越しください…」
 とわざわざ書いてきてくださったほどである。
 これは……
 期待が持てる!!
 旅行の目的にもうひとつ付け加えよう。

 雪を見に行く!!

 こうして着々と我々の旅行は始動し始めた。