羽田空港からうちの奥さんの実家がある埼玉・元加治までの道程で、何がいやって山手線に乗らなきゃならないってことほどいやなことはない。ただでさえ混雑する電車が嫌いなのに、そこに旅装で乗り込むことほどつらいものは無い。
ところが、昨年帰省した際に素晴らしいものに出会った。
羽田から所沢までのリムジンバスである。
そりゃ、モノレールプラス電車のほうが安いし速い。でも一度その便利さを味わってしまうと……。
というわけで、今回もリムジンバスである。
乗り場に行くと、
「まだ時間は早いですし寒いですから、中でお待ちいただいたほうがいいですよ」
乗り場スタッフのお兄ちゃんが、そうやって声をかけてくれた。東京もなかなか人情の街ではないか。
その乗り場に向かっているときだった。
テケテケ歩いてふと振り返ると、すぐそばにいるはずのうちの奥さんがいない。
あれ?
すると、遥か後方で誰かと立ち話していた。
いったいこんなところで誰と??
おおっ、なんとなんと、ハマノではないか。
うちでドレイをしたことはないのだが、ドレイだったアッシーと同期だったこともあって、ちょくちょく水納島にも来たことがある後輩である。
「出張で年末からずっと青森で…今日帰ってきました」
ずっと学生だと思っていたら、すっかりいっぱしの社会人になっているじゃないか。……というか、すっかり我々のほうがチャランポランじゃないか…。
僕だけだったら、きっとハマノも気づきはしなかったろう。
でも、一目でそれとわかる小ささ……。
「正恵さん!!」
突如彼の声がしたという。ハマノは反射的に気づいたに違いない。
うちの奥さんのチビ度合いも、たまには役に立つことがある。
やがて所沢行きのバスは動き始めた。
機内では2ページしか進まなかったので、バスの中で読み続けることにした。
昔は学校の遠足でバスに乗るたびに酔っていたのに、今ではバスの中で本を読めるようになりました……。
リムジンバスは、よほどの渋滞に巻き込まれないかぎり1時間半ほどで所沢駅に着く。
昔所沢に住んでいたころは西口が縄張りだったので、バスが到着する東口にはあまり縁がないものの、青息吐息の西武の本拠地であることは知っている。
そんな東口にパン屋があった。
手土産代わりにパンを買いに立ち寄ったうちの奥さんは、出てくるなり目を真ん丸くし、さも大ニュースのようにこう叫んだ。
ベーグルが何種類も売られている!!
それは大ニュースだ!!
……田舎者風味丸出しで騒ぎ立てる我々なのだった。
が、いかんせん、今ここでベーグルを買っても食べる場が無い……。
こうして、ベーグルを追い求めて以来最大のチャンスを目前にしつつ、指をくわえて次回を待つしかないのだった。ああ、次回はいつになるのか……。
ベーグルを買って、家で晩御飯にすればいいじゃない…
そう思った方はまだまだこの旅行記シリーズの素人である。
我々が遠路はるばる元加治まで帰省してくるのはいったいなんのためか。
答えはただひと〜つ!!
鳥吉である。
この居酒屋に行かずして元加治を語ることなかれ。
でも、この居酒屋がなかったら、元加治に語ることが……あるのか?
それほど重大な飲み屋である。
美味しいのである。
安いのである。
多いのである。
我々がいかに鳥吉を愛しているかということは、うちの奥さんの実家の父ちゃんも弟夫婦も先刻承知のことなので、帰省するたびに一晩は必ず鳥吉を予約してくれているのだった。
さあ、今宵も飲むぞぉ!!
夕方遅くに着いたので、とるものもとりあえず挨拶もそこそこに、一家総出で鳥吉へ向かった。
ボキャブラリーのない僕がここで語ってもその美味しさは伝わらないだろうから、美味さとは別に今回最も衝撃的メニューを紹介したい。
焼きうどんである。
シメとして最後にご飯ものや麺類を頼む方も多かろう。ここの焼きうどんもきっとそういう人向けなのだろう。
が。
その量たるや……。
アメリカ人が普通に食べる巨大ピザよりも遥かに大きな皿に、圧倒的な量のうどんがドドンッと乗っているのだ。
4人前を頼んだのではなく、お品書きに書かれた一品のお値段分(600円ちょい)である。
これ、カップルとかの二人連れで来て、シメに焼きうどんでも…と頼もうものならひっくり返るだろうなぁ……。
ことほどさように、すべての品々が大量かつ安い。そしてもちろん美味しい。
安くて量が多いという庶民の味処は、何も沖縄だけじゃない。都会が忘れてしまった食べ物屋が本来持っているべきノリは、まだまだ日本各地の田舎にはたんと残っているのである。