12・てっちゃんグランド
たらふく飲んで、たらふく食って、たらたらと帰ってきた。
その後チョロッと居間で飲んでから、そろそろお開きとなった。若旦那は明日月曜からまた勤めの日々が始まるのである。遊んでいられるのは我々だけだ。
そうして床に着き、また数ページ読み進んだだけですぐさま眠りに着いた。
しばらくウトウトしたあと、重大なことを忘れていることに気がついた。
秘密のドリンクである。
今や精神安定剤と化したこの飲み物、飲み続けた結果、飲まないとなんだかダウンしてしまうんじゃないかという気になるから不思議だ。
やおら布団から出て、傍らにおいてある荷物の中からゴソゴソと取り出し、ゴクゴクと飲んだ。
驚いたことに、うちの奥さんはまだ起きていた。
若奥さんの蔵書である漫画を読むのがここで寝る際の彼女の恒例行事なのである。ちゃんと寝とけばいいのに……と思いつつ、僕は再び夢の世界へ…。
そしてまた、ふと目が開いたので時計を見ると、午前4時を回っていた。まさかと思って隣を見ると……
うちの奥さんが涙をポロポロ流している!?
おいおい、どうしたのだいったい、いきなりここで「長い間お世話になりました」攻撃か?
……うろたえること数秒、謎は一気に解決した。
漫画を読んで泣いていたのである。
漫画の持ち主でさえも「えー?あれ泣くとこあったかなぁ……」と首をかしげるほどの漫画を読んで、朝の4時に涙をポロポロ流す女―――アホである。
アホらしくなったので僕はすぐさま寝たが、彼女はそのあと5時くらいまでずっと読んでいたらしい。
さて、翌朝。
起きた途端に喉が痛かった。
あれ?
ちょっとビビって傍らにおいてあった「お〜い!お茶」を一口飲むと、痛みは消えた。
フムフム…。きっと乾燥しているからだろう。
姪っ子二人と朝の挨拶を済ませたあと、父ちゃんともどもさっそくてっちゃんグランド行ってみた。
てっちゃんグランドについては こちらを参照。
なんだか参照ばかりだがルートはだいたい同じなのだからしょうがない。
で、てっちゃんグランド。
写真の左側にも同じような盛土部分がある……
帰省するたびに見ているこのグランド、さらにグレードアップしていた。
労働力もさることながら、何気ないけど積もればばかにならない経費はすべて自己負担である。いまや学校教育の場でもボランティアが叫ばれて久しいけれど、これこそ究極のボランティアではなかろうか……趣味とも言うが。
「そこのタンク見てみな」
そう父ちゃんが指差す方向を見ると、なにやら鯉の絵が描かれた風呂桶のような容器があった。恐る恐る蓋を開けてみると……
ウグイだ!
ウグイがたくさん泳いでいる。
岩壁から溢れる湧き水をうまい具合に容器に入るようにし、溢れた水は外に排出されていく。いわば自然水かけっぱなしのオーバーフロー水槽だ。にしても、これだけの量の魚、いったい……?
「どうしたのこの魚?」
「○○さんがたくさん釣ったんだよ。そのうち塩焼きだな」
ウグイはこの地方ではハヤと呼ばれる。いまだに川魚が生活に密接に関わっているのだろう。
密接に関わる自然は魚だけではない。
父ちゃんはいったい何をしに来たかというと、セリを摘みにきたのである。
「これをおひたしにして食べると美味いんだよ」
そういいながらせっせと父ちゃんがセリ摘みをしている間、我々はグランドを散歩した。
このグランドは川原で、すぐそばに入間川が流れている。川に近づくと白サギの群れがパッと飛び立ち、川面にはカモが群れていた。
うーん、いい感じ。
グランドの左中間にあたる部分には、カワセミの巣があるという。
もともとこの川にカワセミがいるってことは知っていた父ちゃんも、さすがに巣の位置まで把握していたわけではない。なぜ知ったかというと……
繁殖期になると、対岸にはカメラを抱えた愛好家が集まるそうで、父ちゃんが刈った草などをその傍らにまとめて捨てようとすると、
「ツキジさ〜ん(うちの奥さんの旧姓)、そこに巣があるからよぉ」
と声をかけられたのだそうだ。
なんともまぁ、牧歌的ないい風景ではないか。
普段の何気ない生活空間の周りでも、心を向けることによっていくらでも慈しむべき自然を味わうことができる。
心を向けなくとも味わえるほどに自然が残っている土地には、こういう標識もある。
今はどうなったか知らないけど、このあたりにはちょっと前までは住宅地の道路にまでこの「銃猟禁止区域」の看板が立てられていた。いくらなんでも、住宅地で銃をぶっ放す人はいないだろうに…。いたのかな?
とはいえグランドにこの看板が立てられていたのを見た記憶はなかった。
「あれ?この看板は?」
「あ?ああ、どこから流れてきたのか、川原でゴミになってたからよぉ、そこに立てといた」
これでこのグランドの治安は守られることだろう。
以前の旅行記でも触れたとおり、父ちゃんが整備したこのグランドには、桜もあればアヤメもあり、アジサイもチューリップも彼岸花も季節ごとに咲き誇る。そして、どんな増水でも流されないようしっかり作られたベンチもある。誰がいつ来ても利用できるように作られているのだ。
ところが。
バカというのはどこにでもいるもので、そうやってベンチを利用するのはいいとして、ゴミをそのままにして帰っていくヤツが後を絶たないらしい。おまけに、チューリップの球根があるから、踏まないようにと拵えた境界線用のビニール紐を、タバコか何かで溶かして千切るというイタズラをするヤツもいるという。何度ビニール紐を結いなおしてもまた千切られるというから、いたちごっこを陰湿に楽しむガキが近くにいるのだろう。
牧歌的な風景にはそぐわない世代が増えつつあるのかもしれない…。
父ちゃんはまだセリを洗っていた。
セリは、摘むのは簡単だが、洗うのが面倒なのである。
グランドのバックネット裏に整備された天然水かけっぱなし流し台で、父ちゃんはせっせとセリを洗っていた。このセリ、夕食時に出してもらったおひたしの美味しかったこと!!
すでにこのときそれを夢想していた僕らは、ポカポカ陽気の下で小さな柘榴の実を食べながら、セリを洗う父ちゃんがいる風景をのどかに眺めていたのだった。
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