東京から飛騨高山への行程には、車で行くわけではない我々にもいくつか選択肢があった。
1つ、新宿から高速バスで飛騨高山へ直行する
1つ、羽田から飛行機で富山まで行き、鉄道で南下する
1つ、新幹線で名古屋まで行き、そこから鉄道で北上する
いうまでもなく、値段でいうなら高速バスが最も安い(他の手段の半額以下!)。
しかしそれには弱点がいろいろあった。
まず、新宿発の時刻が早い。
元上司氏のお宅に泊まらせてもらいながら、朝早々に「それじゃあ!」と出て行くわけにはいくまい。
また、道中駅弁を買えない。
東京駅なり名古屋駅なり途中それぞれの「処のもの」駅弁を食べたいではないか。
そしてなんといっても、最大の弱点は……
高速バスである、ということだった。
だって、前夜はたらふく飲むつもりでいたのだ。間違いなく二日酔いだろう。そこへもってきて早起きしてバスに乗り、狭苦しい(と想像される)席で揺られること5時間半………想像しただけで気持ち悪くなる。
というわけで高速バスは却下。
あとは高山まで鉄道で南下するか北上するかということなのだが、最初から雪国へ移動するよりは、平地から山地へ、徐々に徐々に北上するほうが面白そうである。それに、冒頭で引用した「街道をゆく・飛騨紀行」で、司馬遼太郎は鉄道と併走する益田街道を北上していた。なんとなくそのルートをたどってみたかった。
こうしてルートは決まった。
新幹線で名古屋まで、そして岐阜を経由し、高山本線を北上しよう。
ちなみに、富山から高山へいたる鉄道が、昨年の台風で受けた被害の復旧がまだ終わらず、依然不通のままであるなんてことは微塵も知らなかったのはいうまでもない。
さて、我々の旅行、言うまでもないことながら、ルートは決めていたといっても、新幹線の時刻も名古屋からの特急の時刻もなんにも調べていない。各乗り物の所要時間を調べただけだから、待ち時間を入れるといったいどれくらい時間がかかるかも知らない。
しかるに我々は何をしていたのかというと……
「念のために病院に行ったほうがいいんじゃない?」
そう心配してくださっているのが申し訳ないほどに復活した僕は、そのあとも美味しいノニ蜂蜜(ジュンコさんの!)入り紅茶を何杯もいただきながら、二人してすっかり元上司氏宅でくつろいでしまった。
大都会池袋のど真ん中といっても、マンションの11階でサッシを締めれば、ポカポカお日様が暖かいのどかな別天地となる。
あー、すっかりくつろいじゃったなぁ……。このあとどうするんだっけ?
あッ、高山に行くんだった!!
なんてことだ、もう12時過ぎじゃないか!!
慌てて……というほど急ぐわけでもなく、元上司氏宅を辞した。
その後、昨夜あずけておいたコインロッカーへ荷物を取りに行くと……
あれ?ここじゃなかったのかな?
開かないのである。
おかしい、鍵は違ってない。なのに、料金表示には500円の文字が。
あッ!!
昨日ここに荷物を入れたのは午前11時過ぎ。今の時刻は12時過ぎ。
24時間オーバーしてしまったのだった。
なんてことだ、500円で済むと思っていたのに1000円もかかっちゃった。<バカ
改札まで見送りに来てくださった元上司氏に別れを告げ、一路東京駅へ。
さてさて、タイミングのいい新幹線はあるかな?
あったあった。
東京駅に着いてから10分も経たぬ間に、我々が乗った13:13分発新幹線のぞみ号は発進した。
ビュワ〜ンビュワ〜ン走るのぞみ号は、2時間弱で名古屋に到着。
実は、昨年アラスカのベテルスの宿で一緒になったタケウチ夫妻(昨年の旅行記参照)が、名古屋経由ならスペシャル名古屋ツアーをつけますよ!とお誘いの言葉をかけてくださっていた。残念ながら、名古屋ではせいぜい天むすを食べる時間があるかどうかくらいなんです…とお伝えしてあった。
ところが実際は、天むすすら許してはもらえなかったのだ。
我々が乗ったのぞみ号は14時56分に名古屋駅着。
そこから在来線に乗り換える。
しばらくテケテケ構内を歩くと、各路線の出発時刻表示が見えてくる。すると、
ワイドビューひだ 15:03
ゲッ!!
あと3分もないじゃないか!
何も調べていない我々とはいえ、ここから高山までは東京〜名古屋よりも時間がかかるということはさすがに知っていた。そして、特急の本数もせいぜい1時間に1本くらいであることも……。
夕飯の時間までに宿につくには、この特急に乗る以外に手はない。
乗り換え清算の窓口にはすでに人が並んでいた。
発車時刻は迫る。しかし行列は進まない。
しょうがないので清算をしないままホームに向かった。
満員で座れなかったらどうしよう………。
一抹の不安を抱えつつ階段を上ったら…
平日のこんな時間から飛騨高山に行く人はそうそういないのであった。特急ワイドビューひだの自由席は、お気の召すまま気の向くままのよりどりみどり。ホッ………。
かくして、はからずも(何度もいうけど普通は計るものなのだが)ものすごく絶妙のタイミングで新幹線と特急の接続をはたしてしまった。恐ろしいくらいに無駄がない。
無駄はないけど…。
東京駅にも、名古屋駅にも、おそらく色とりどりの魅惑に満ちた駅弁が並んでいたのだろう。ちょっとした肴になりそうなものもたくさんあったことだろう。
それなのに。
ああ、それなのに……。
車内販売のお弁当を買うという手はあった。でもバラエティに満ちていたのであろう大きな駅の売店を思うと、車内販売で中途半端に妥協するのは悔しい。
こうして、道中合わせて5時間近い間、結局お弁当のおの字も食べることができなかったのだった。
とはいっても腹は減る。
そして僕たちは、バッグから茨城県産の干し芋をそっと取り出した……。