名古屋から富山方面へ行く特急は一風変わっている。
いまさら「ディーゼル機関車だ!」と驚いているのではない。その進路と座席位置の話。
名古屋から岐阜までは東海道線だそうで、岐阜から高山本線と枝分かれすることになる。ただし進行方向にそのまま枝分かれするのではなく、折り返して分岐していく。
そのため名古屋から岐阜までの間だけ、座席の後ろ側に向かって列車は進行していくのだ。
それをいちいち車内アナウンスで説明してくれた。たしかに説明がないと我々のように初めて乗った人たちはビックリするだろうなぁ。
特急「ワイドビューひだ」は、その名の通りワイドビューである。
当初、一面沃野の濃尾平野を一望に見渡せるというような意味でのワイドビューと思っていたら、徐々に山地へと入っていくにつれて勘違いに気がついた。
眺める先の景観がワイドなのじゃなくて、景観を見るための窓がワイドなのである。
うーん、なるほど、ワイドだ。
一目で生産性の高さをうかがい知ることできる濃尾平野を過ぎると、だんだん山地にはさまれた狭隘な谷を縫うように列車は走るようになった。先ほども述べたように、益田街道、すなわち国道41号が併走している。
するとしばらくして車内アナウンスがあった。
「みなさま、もうしばらくするとこの列車はトンネルに入ります。トンネルを出てすぐに、右手に、高山本線でもっともダイナミックな景勝地、飛水峡がご覧になれます…。まもなくトンネルに入ります」
ほぉ、飛水峡かぁ。
…といいつつそんな存在は全然知らなかった。なるほど、ガイドブックの付録の地図を広げるとちゃんと出ている。
特に目的にしていたわけではなかったが、目指せサザエさんのオープニング!をテーマにしている我々としては著名な景勝地ははずせない。どれどれ、飛水峡を見てみよう。
「みなさま右手にご覧いただいておりますのが飛水峡でございます…」
え??
え?あ、え、え??
いくらワイドビューとはいっても、左右の景観が線路に迫り来るほどに近いので、肝心の景観があっという間に後方千里の彼方に流れていってしまうのだ。
おかげで、オニューのデジカメを構えたうちの奥さんは、ただただ呆然と見送るだけなのだった。
たった一枚撮った写真も、日が落ちつつある谷間の暗さでシャッタースピードが足りず、エクトプラズムを吐き出した土偶怪人のような写真になっていた。
飛水峡からまたしばらく行くと、温泉地として有名な下呂駅に停車した。
それまで窓まで迫ってくるかのように山々に囲まれていた風景は、下呂でいったん開ける。下呂は高山本線の途中の停車駅中、随一の都会だった。さすがに温泉の名所、街のたたずまいはどこから見ても温泉地という風情である。今ももちろん大勢の観光客で賑わうけれど、ひと息で高山まで行けるような便利な世の中になる前は、高山へ向かう人々にとってまことにありがたい温泉地だったことだろう。
そういえば、今頃違いのわかる男が湯に浸かっている頃かな??
驚いたことに下呂の少し北に「上呂」という駅があった。川の上流だから「上」なんだろうけれど、温泉が出るか出ないか、ほんの紙一重のような違いで土地の発展にこうも違いが出るんだから、日本全国津々浦々、温泉を掘りまくる気持ちもわかるというものだ。
下呂は一生白鷺に感謝を捧げねばならない。
ワイドビューひだはひだ走る…じゃなかった、ひた走る。
山間の狭い狭い土地に、たくさん集落があった。ここからどうやってどこに買い物に行くのだろう…という疑問は余計なお世話なのだろう。
そんな土地にも畑や田んぼがたくさんある。
とはいえ斜面の土地である。
そこに畑を作るためには、段々にして平地を作らなければならない。川原にあるような丸い石を積み重ねて作られた段は、これぞ人間活動の美とでもいうべき美しさだ。耕作地ばかりではなく、家々の土地に設けられた段も、同じように石を組んで作られていた。新しいものになるとコンクリートって感じになっていたけれど、それでもやはりデザインは石組み風になっている。
「吾野のおばあちゃんの家の周りにも石の段がたくさんあった気がする……」
うちの奥さんがつぶやいた。
吾野というのは秩父のすこし東京側にある山間の土地で、家のすぐ脇に高麗川が流れている。石を組んで段を作るというのは、ところを問わず山間に住む人々の伝統的手法なのだろう。
我々が乗る列車も相変わらず川に沿うように走っている。
飛騨川だ。
渓谷を縫うように流れる飛騨川は、ところどころダムがあるものの基本的に美しい川で、随所にある淵は龍でも潜んでいるかのような深い色を湛えていた。
ものの本によると、川の名というのは上流の地名をもって命名されるという。
つまり今横に流れている川は、飛騨の下流ということになる。この先どんどん南に流れ、木曽川に合流する。
ところが、この先もう少し行ったところにある峠から先は、線路の傍らを流れる川の向きがまったく逆になる。その峠が分水嶺なのだ。
分水嶺。
なんと詩的な言葉だろうか。
それも、川の向きが太平洋側と日本海側に分かれるとなると、なんだかおとぎ話のような気がしてくる。
その峠を、宮峠という。
そんなロマンに満ちた峠はどんなところなんだろう……。
ちょっと期待に胸を膨らませて「ワイドビュー」に注目していると……
トンネルなのだった。
そりゃそうだ。列車がわざわざ峠を越えるわけはなかった…。
峠を越えるという詩的な気分はトンネルのおかげで味わうことができなかったかわりに、トンネルのおかげでブンガク的体験ができた。そう、
トンネルを抜けると、そこは雪国だった。
まさに文字通り!!
たしかにこれまでの道中も山間に雪はあった。
けれど峠を境に川の向きが変わるように、このトンネルから先は雪の量が圧倒的に変化していたのである。
分水嶺を越えればもう日本海側なのだ。
雪景色の中を流れる宮川を眺めつつ、ワイドビューひだはいよいよ飛騨高山に近づいてきた。
ついに…
ついについについに!!
高山である。