24・飛騨高山食べ歩記
飛騨高山は、古い町並みや酒どころ、そして匠の技といった文化財的な面ばかりに目が行きがちだが、昨今の旅行ブームにあっては、それだけでは観光地としては成り立たない。
若い観光客を呼ぶためには、その土地ならではの「美味しいもの」が必要になってくる。だからであろう、ご丁寧にもこんな看板を掲げている店をたびたび目にした。
別にグルメの店と謳うのはかまわない。文句はない。
でも、その太鼓判を押しているのが観光協会ってところがなんともいえず胡散臭い。
観光協会が太鼓判を押さずとも、調べてみると、いろいろとおいしそうなものが高山にあるということを知った。
海の幸は夜にとっておくとして、
飛騨牛串
牛玉焼き
高山ラーメン
蕎麦
みたらし団子
五平餅
そして地ビール。
これらを食べさせてくれる店が町のいたるところにあり、団子や牛串などは出店でも売っているという。
宿で夕食を頼んでいないから、いついつまでに腹を空かせておかなければならないという心配はない。心おきなく食べ歩きをしよう!
……そう計画していたのだが。
よもやの発熱により、それらのことをすっかり忘れてしまったのだろうか。それとも、目の前の誘惑に打ち勝つ強さがないだけだったのだろうか。<そうでしょう。
朝食でバカの3杯飯をしてしまうと、なかなかお腹が減らないのだった……。
それにひきかえ、うちの奥さんは元気だ。
道々の美味しそうなお店とその売り物を目ざとくチェックし、あとでここで食べよう!という具合に一店一店チェックしていたらしい。さすがである。
ああしかし。
店のチェックはしていても、ではその店に…となると二度と行きつけないのだった。僕はバカの3杯飯だけど、うちの奥さんは「バカの3歩あるき」なのだ。さすがである。
そんなわけで、話のタネにと入った店が、飛騨高山を代表する店ではないことは百も承知している。だからその店の味ですべてを評価してはいけない。以下は僕たちがたまたま入った店での話なので、その点誤解のないようお願いしたい。
まずは町を歩いた最初の日、あとで紹介するが酒造場をちょろっとめぐってチョロッとお猪口で一杯やって、いいコンコロもちになったのでそいじゃビールでも……と入った店で、飛騨牛の串焼きと高山ラーメンを食べてみた。
地元の人や、高山に心酔している人たちは、
「牛串で飛騨牛を評価しないでもらいたい」
という。
なるほど、超高級とされる飛騨牛のなかでもピンからキリまであるのだろう。比較的手ごろな値段でヒョイヒョイと作ってしまう牛串の肉が、限りなく下のほうに位置しているモノであることは想像に難くない。カジキだって、回転寿司のネタと先日食べた刺身とでは大違いだったものなぁ…。
でも、和牛なんて、自分の家の食卓はおろか、近所のスーパーの肉コーナーですら見られない沖縄の田舎に住んでいる者にとっては、たとえ飛騨牛の下の下ランクであろうとも……。
パクッと一切れ口に入れてみると、口の中で瞬時にその堆積を縮めていく。この、なんともいえぬ頼りなさというか噛み甲斐のなさというか、口の中でたんぱく質が
ひだぎゅうううぅぅぅぅ……
と消えていく。
あれ?なんだか最近経験した何かに似ているなぁ……。
あ!!
これはシフォンケーキではないか。
那覇出発前に先輩宅でいただいたあのケーキ。
口に入れると一気にシフォフォフォフォフォォォォォンと消えていくあの食感。
飛騨牛はシフォンケーキであった。
串ときたら飲み物は決まっている。
何をさておいてもこれだけは飲もうと心に決めていたのが「飛騨高山麦酒」である。この地方には、古里古里の国という銘柄の地ビールがあるのだが、飲んだこともないくせに僕は最初から飲むならこの飛騨高山麦酒と決めていた。
うれしいことにこの店にはその生があった。
パーラー・ティーダのシアワセのオリオン生を知っている身としては、小さなジョッキでそのお値段!?と目を剥かざるを得なかったけど、観光地だもの、それは仕方がない。
お値段はともかく、こいつは美味い。
とにかく美味しい。
翌日入ったラーメン屋には、生はなかったけど瓶があった。
ペールエールとかダークエールとか何種類もあるうちの2種類が店にあって、僕らはダークエール(青いラベル)を頼んでみた。
美味い!!
いやあ、やっぱり冬は濃い味のビールに限りますなぁ。
あまりに美味しかったので、自分用のお土産として、翌日酒屋にあった5種類すべて購入してしまった。
5本揃ってビーレンジャー!!
他とラベルの模様が異なる右端のビールはカルミナビールといって、アルコール濃度が10パーセントと高く、瓶には「瓶内発酵」と書されていた。
これがオイシかったのなんの!
くそー、飲んでみたいぞこのヤロー
そう思った方は こちらへどうぞ。
飛騨牛串焼きを食べた後は、お待ちかねの高山ラーメンである。
戦前に始めた一台の屋台がきっかけとなり、以後ジワリジワリと広がったこの地方のラーメンは、今も中華そばという名で地元の人たちに親しまれているそうだ。
奇をてらったラーメンが世に氾濫する今、あっさりしょうゆ味のスープなんて、なんだかかえって新鮮だった。
高山ラーメンといえば、昨今のラーメンブームのせいでことさら騒がれているらしいけれど、沖縄そば同様、もともと地域に根ざした普通の食べ物なのである。
もちろんこだわりの製法となるとそれこそ匠の技であるに違いない。でも、ジャンクフードを食べまくり、普段の生活でアジノモト大量投入味を美味しがる連中までがこぞって「美味しいラーメン」を求めるなんて、我々からすればチャンチャラおかしい。
そもそもラーメンなんてそれ以上のものでもそれ以下のものでもない。
美味しければいいじゃないか。
だいたい、僕は世間で騒ぐほど
「まずい…」
ラーメンを食べたことがない。まずいと思わないのだ。きっとそれはラーメンに「めちゃくちゃ美味しい!!」を求めていないからに違いない。
とはいえ、隙さえあればすぐさまチャーシューメンを頼んでしまう者としては、チャーシューの具合が満足度に大きく影響するのであった。
ラーメンは美味しくいただけたものの、うちの奥さんがあることに気がついた。
初日、2日目の2軒とも、ティッシュや口拭き用のペーパーが店内のどこにもないのだ。
ラーメンといえば、たとえ風邪をひいていなくとも食べているうちに鼻水が出てくる。湯気で眼鏡が曇るし、汁だってあちこちに飛ぶ。
普通、飲食店にはそれらをフキフキするためのティッシュなりペーパーなりがテーブルに置いてあるものではなかったろうか。ラーメン屋ともなれば必須アイテムのはず。
なのに飛騨高山のラーメン屋には見あたらない。箸入れまでが匠の技ってところはさすがだけど、なぜティッシュがないの??
その後少しプラプラしたあとに食べてみたのがみたらし団子。
「みたらし」が正しいのか「みだらし」が本当なのか、真実は詳らかではない。とにかくみたらし団子である。ラーメン同様、それ以上のものでもそれ以下でもない。ところがこういう町並みにさりげなく散在する屋台で買うと、それがなんともいえぬ隠し味になる。団子までが格調高くなるから不思議だ。
お次は牛玉焼き。
発熱のせいかすっかり頭の中から消え失せていたのだが、いつになく冴えていたうちの奥さんのおかげで、忘れることなく食べることができた。
うーん……。
ようするに早い話が、たこ焼きの具を飛騨牛にしたというものである。
なんか、これをこうしたらもうちょっと美味しくなるのでは……という感じで、いっそのこと俺に作らせろ!っていう味だった。
あれはワザとなのかたまたまなのか、冷めてしまっているのも気になった。やはりたこ焼き同様ハフハフしたいよなぁ。
牛玉焼きに比べたら、うちの奥さんが頼んだ五平餅のほうがよっぽど味わい深かった。
どういうわけか、日本全国津々浦々、山のほうに行くと売られているような気がする五平餅。いったいその発祥の地というか本場はどこなのだろう?
気になったので調べてみると、どうやらここ中部地方が本場らしい。東北のきりたんぽと同様、うるち米から作るのだそうだ。
ということは、本部町の八重岳桜祭りの出店で売られている五平餅は「なんちゃって五平餅」ってわけですな……。
ところで、上の写真のうちの奥さんの隣に置かれている紅白の玉がついた枝のようなもの、ここだけではなく市内各所のお店で目にしたし、宿の玄関にも置いてあった。
なんなんだろうこれは?
バイト君なのだろうか、やとわれ店長さんなのだろうか、たった一人で店を守っている青年に訊いてみた。
「あ、それは正月からしばらくの間飾るヤツですねぇ…」
「なんて呼ぶんですか??」
「え?えーと…なんだっけ…えーとえーと…。すみません、名前知ってた気がするんですけど忘れました」
彼の齢ではまだ無理だったか?ずっと無理なのだろうか?こうして伝統は失われていくのだろうか……。
花餅という名であることを、後刻岩田館の女将さんに教えてもらった。
紅白の玉はお餅だったのである。宮川朝市にもこれを一本単位で売っている店があった。
農家に伝わる風習で、家長がついた餅を若木の枝に丸めてつけ、大黒柱などに飾るのが本来の姿のようだ。元来は白一色だった。由来は定かではないけれど、花のない冬の山国の正月にせめてもの華やぎを、という心は間違いなくあったことだろう。
お餅は乾燥するので保存食となる。そして正月の間、もしくはしばらくの間飾り、たとえばひな祭りの頃などに揚げ餅にして食べることもあるらしい。
似たような風習はきっと全国にあるのだろう。でも、雑煮ひとつとっても味噌やそれに入れるお餅が関東と関西で違うように、花餅の名も飾り方も土地土地でいろいろあるに違いない。少なくとも大阪の実家近辺では見たことがない。農家ならあったのかな?
花見をしながらもちろんビールも飲んだ。ヱビスしかなかったってことがちょっぴり悔しかった。他所でならうれしいんだけどね…。
最終日の昼に入ったのは蕎麦屋である。
道々、ガラス越しに蕎麦を打つ実演を見ていたうちの奥さんは、ひそかに
「ここに入ってみたい…」
と思っていたらしい。子供の頃におばあちゃんが打ってくれた蕎麦の味が忘れられないという彼女は、手打ち蕎麦と乾麺との違いを十二分に理解しているのだ。
一方、僕はといえば、蕎麦よりうどん派である。出されたものは美味しく食べるものの、それが手打ちだか乾麺だか気にして食べては来なかった。
「乾麺とはまったく違うんだって!」
そう力説する彼女に引っ張られ、手打ち蕎麦の店に入ったのだが……
手打ち蕎麦の手打ち感を味わうのならやっぱり「ざる」だよなぁ、普通。なのに僕ときたら、それほど腹が減っているわけでもないというのについつい
「鴨南蛮」
ネギ背負ってやってくる鴨と同じくらいバカである。
味させてもらったうちの奥さんのざるそば、美味しかったなぁ……。
そんなわけで、飛騨高山食べ歩き総評は、
カモあり不可はなく
おあとがよろしいようで……。 |