1月23日

34・鳥羽水族館

 タコ主任の住む寮は、もともと旅館だったところなので部屋数が多い。
 その空いている部屋に泊まらせてもらうことになっていたので、隣室のタコ主任の部屋で遅くまで飲んだ。もう運転する必要がないからタコ主任もようやく飲むことができた。
 飛騨のお酒をチビリチビリ……。
 とやるのはタコ主任で、僕はといえば彼秘蔵の泡盛なのだった。ああ、ここでもやはり泡盛……。
 そうやって酒を酌み交わしつつ、人生半ばを過ぎた今だから語ろう、あの話この話……
 ……になるはずはなかった。

 「カルシファーの声を演っている我集院達也って若人あきらなんよ」
 「え”ッ!?我集院達也って、千と千尋の神隠しのカエルの役だった人だろ?」
 「エッ?」

 うーむ……。酔っ払っているとはいえ、四十を前にした男の会話ではない……。 

 翌朝。
 すでに「ウコンの力」は尽きていたものの、わりと爽快な目覚め。あのドリンクには持続効果があるのだろうか。
 この日は大阪の実家に帰省することにしていた。が、
 「夕方5時までピンポンしてるから誰もおらんで」
 老人会の集まりで近頃卓球が流行っているらしい。うちの両親は定期的に参加しているのだ。
 息子夫婦の帰省は卓球に負けた。
 しょうがないので、鳥羽を発つ時刻を遅くした。
 ということもあって、タコ主任はわざわざこの日を休みにしてくれていたのだ。ありがたいなぁ…。

 せっかくなので水族館に行くことにした。
 鳥羽水族館である。
 自 他ともに ら認める超水族館である。
 なにしろ太陽系最大級と豪語しているのだ。きっと冥王星の端まで行って、太陽系内を隈なく調査したに違いない。

 池袋のサンシャイン国際水族館のように、買い物のついでに水族館へ…ということでもあれば客としても何度も足を運びやすい。ところが鳥羽には水族館以外には真珠しかない。いまどき真珠島まで遥かな道のりを好きこのんでやって来るのはガマクジラくらいだろう。<いまどきではないんじゃ……?

 だからお客さんを呼ぶために、ついついインパクトの強い生き物に頼ってしまいたくなるわけである。もう随分前になるが、沖縄のマンタ捕獲問題で鳥羽水族館が大タタキに叩かれたのもそういう事情があるのだろう。
 鬼の首を取ったかのように責め立てるマスコミ。あの当時、水族館内部は神経質になっていたに違いない。
 そんなとき、沖縄県庁漁政課の職員が鳥羽までやって来た。
 県庁漁政課!!
 さては巷間かまびすしいマンタその他熱帯魚捕獲問題についてのことか?
 騒然とする水族館。そして、その職員氏が電話で呼び出したのは、館長でも副館長でも企画室長でもなく、なんとタコ主任(当時はただのタコ)だったのである!!

 館内に緊張が走った。
 一言一句でも対応を間違えたらどんな大問題になるかわからない。そんな大役になぜタコ主任を?
 みんなが見守る中、気を鎮めつつ覚悟を決めて電話に出たタコ主任が耳にした言葉は信じられないものだった。

 「よぉー!!○○君?いやあ、OBの●●だけどさ、近くまで来たから顔でも見てこーと思ってさー。今大丈夫?」

 クラブの大先輩なのであった。それも、仕事で鳥羽近辺に来たのでついでに後輩が勤めている水族館に遊びに来ただけの……(ちなみにその先輩は、先だっての新年会にお越しになっていた)。

 この日を境に鳥羽水族館は変わった。<ホントか?
 少なくとも、今回久しぶりに見させてもらってつくづく変わったと感じた。
 これは絶対に……

 職員にマニアがいる!!

 いやホント、隅々にまで手がこんでいるのだ。それも、ジュゴンだラッコだと喜ぶお客さんにはけっして気づいてもらえないようなところで…。

 具体的にいうとキリがないのでひとつだけ言うと、僕は生きているイセエビのフィロゾーマ幼生なんて初めて見た。こんな面白い生き物なのに、普通の人は「何もいないやぁ…」で通り過ぎますぜ!
 水族館の水槽やその周辺のお客さんに見せる部分というのは、与えられた仕事をただこなすだけのやっつけ仕事で終わらせているか、作業をする人が本当にそれが好きでやっているのか、客の目で見て一目でわかる。今の鳥羽水族館は、かなりの部分で本当に好きな人がやっているに違いない。
 有能な若い人がたくさん入ってきたのだろう。
 あ、いえ、けっしてタコ主任がどうだという話では……。

 タコ主任といえば、最近リニューアルしたエントリーゾーンのサンゴ水槽(ホントに生きてるサンゴの水槽)も担当しているらしい。
 これ(カメラの限界。本当はもっときれい)。

 タコ主任も頑張っているようだ。

 水族館でのマニアックな仕事というのは、短期的に見ると費用対効果という意味でかなり分が悪い。でも、長期的に見ると、それらが少しずつ効いてきて、思いも寄らない効果を生み出すかもしれない。
 ま、そんな水族館内のことはともかく、見る側としてはとっても楽しい。

 楽しいといえば、鳥羽水族館にこのたびバカが来た。
 あ、バカは我々だった。
 来たのはカバである。コビトカバ。
 名をアヤメちゃんという。動物園生まれの女の子だ。
 そう、ここ鳥羽水族館もサンシャイン国際水族館同様、一部が「魚のいる動物園」になっている。
 とはいえ、今のご時勢何ゆえカバなのか。
 カバが来たからといっていったいなんなのだろう?
 そう思っていた。
 ところが、たまたま通りかかったアヤメちゃん担当のH氏が、これからオヤツをあげるので、よかったら一緒にどうですか、と誘ってくださった。
 これがもう………
 カワイイのなんの。


サツマイモを食べるアヤメちゃん

 アヤメちゃんはサツマイモが大好きなのだという。
 ヌラヌラヌタヌタネバネバ夫って感じなんだけど、なんだかかわいい。
 というわけで初コビトカバタッチもできた。
 ……カバで喜ぶ我々ってやっぱりバカなのか??
 いや、ホント、かわいいってば……。

 最近の水族館では流行なのだろうか、サンシャインにもいたペリカンがここ鳥羽にもいた。
 ペリカンをご覧になったことがない方は、おそらく初めて実物をご覧になると、想像以上の大きさであることに驚かれるだろう。
 ペリカンは大きい。
 それを、ここ鳥羽水族館では定時ごとに、ギャラリーが集まっているところに何羽も行進させる
(サンシャイン国際水族館でもやっている)
 これが面白いのなんの。
 ペリカンも面白いんだけど、それを観てワーワーキャーキャー、逃げ惑いつつも近くから見たい……だけどコワイ、そんなお客さんたちの様子が傑作。ペリカンなんて特段珍しい生き物ではないと思っていた僕は、ラッコどころではないペリカンのスターぶりに驚いてしまった。
 うちの奥さんはといえば……
 すっかり観客になっていたのだった。


初ペリカンタッチ

 本来のお客様をさしおいて何をやっているのだって感じだが、実際お客さんの中でこんなに近づける人はいなかった。
 うちの奥さん初ペリカンタッチ。
 そして開口一番、

 「ペリカン欲しい……」

 言うと思った。どこで飼うというのだ?

 とまぁ、こんな具合にいろいろ楽しめる。
 上野動物園並みとは言わないけれど、確たる順路がない館内をすべて見つくそうと思ったらおそらく半日では足りないだろう。太陽系最大級かどうかは知らないが、面白い水族館であることは当サイトが保証する。

 ここ数年鳥羽水族館に行ったことがない方、随分よい方向に進化しているので是非一度足をお運びください。