35・伊勢神宮の似非信者
もっともっと水族館で過ごしたかったのだが、我々には行かねばならないところがあった。
鳥羽といえば伊勢<そうなのか?
伊勢といえば伊勢神宮である。
日本人なら一生の間に一度は行っておいたほうがいいといわれるこの伊勢神宮、日本全国数多ある神社の総本山も総本山だ。
伊勢神宮の前に伊勢神宮なく、伊勢神宮のあとに伊勢神宮なし
そんな話は聞いたこともないけど、とにかくそれくらいの本場中の本場である。
過去に何度かお参りしたことがある我々は、境内の神々しいまでに静かなたたずまいと巨木の数々をいたく気に入っていた。外宮をガイグウと読んでしまうくらいに何も知らない僕のようなバカでも、充分楽しめる空間なのだ。
暇な――もとい、我々のために休みを取ってくれたタコ主任が連れて行ってくれた。
鳥羽から伊勢までは車で30分くらい。機嫌よく運転している彼だったが、何か気がかりな様子だった。
1月の伊勢神宮、それも日曜日ともなれば混んでいるかも……という。
いくら初詣の時期っていったって、もう1月下旬。まさか混むなんてことは……
しかしその不安は的中してしまった。
すいているときは無料開放されている駐車場まで有料状態。そこへ連なる車の列。
いつから日本人はこんなに信心深くなったのだろう?
かつての伊勢神宮の周辺には、多少の屋台や飯屋、赤福をはじめとする土産物屋が並ぶ程度で、さしたる見所はなかった。ところが、おかげ横丁という江戸時代情緒たっぷりのテーマパーク的商店街ができるや、にわかにメインストリートまでが江戸時代に変身を遂げた。
まるで今出来の飛騨高山である。
「なんちゃって江戸時代」とはいえ、やっぱり伊勢神宮の周辺にこういう町は似合う。
似合うのだが、人が……。
あまりの人ごみに唖然ボー然
ちょうどお昼時だったので、タコ主任オススメの店に入ろうとしても、入り口はどこも長蛇の列。マジかよぉというくらいに混んでいる。
仕方がないので食事は参拝のあとにすることにして、ちょこっとだけつまみ食いをしておこう。
すれ違う人たちが歩きながら美味しそうに食べているので、さっきから気になって気になって仕方がなかったタコ天棒とイカ天棒。僕はイカ棒を頼んだが、うちの奥さんとタコ主任は……
タコ主任、またしても共食いになった。
歩きながら食べている人が多く、彼らはたいていこういうマヌケな顔をしていた。
五十鈴川に架かる橋の手前にある鳥居をくぐり、境内へ。
小学2年生の頃に家族で来たときには、ここにニワトリがたくさんいた記憶がある。その後タコ主任を尋ねてきた際に訪れたときも、記憶より少なかったけどたしかにニワトリはいた。
それなのにこの日はどういうわけか見あたらなかった。鳥インフルエンザのせいだろうか?
伊勢神宮の力は鳥インフルエンザに負けるのか??
12年ぶりの酉年だというのにもったいないなぁ……。
ともかく正殿へいかねば。
鳥居をくぐってから正殿までけっこうな距離を歩かなければならない。
道々にある巨木が素晴らしい。
静かな境内でそっとこの巨木を見上げる…
いつもはそんなとっても贅沢な時間を過ごせるのだが、この日はそういうわけにはいかなかった。
ガハハハハハハ………
なんの話をしているのかは知らないが、脂ぎったオヤジが仲間と語らいながら歩いていた。それもあちこちで。
ここは居酒屋か?
雰囲気はぶち壊しだ。さりとて、ここまで来て正殿でお参りせねば画竜点睛を欠くというもの。
テクテクテクテク歩いていくと………
な、何ということだッ!!
正殿前の長蛇の列に、我々は度肝を抜かれた
この群集はいったいなんだ??
「観光バスだよ、観光バス……」
タコ主任が苦々しげにつぶやいた。
そういえば、鳥居間近の駐車場に観光バスが何台も停まっていたっけ。おのぼりさん状態で旗を振る人の手には一桁から28、29くらいまでの番号が書かれていた。
いったい何台のバスで来ているのだ?
すべて同じ団体かどうかはともかく、どうやら得体の知れない新興宗教団体とバッティングしてしまったらしい。ゾロゾロゾロゾロ、北朝鮮の閲兵式も真っ青というくらいに、整然とした列を作ってまっしぐらに正殿を目指す人々。
それら団体の中には、全員が白地に草書体の墨文字が書かれたタスキをつけて、数珠を首からさげている不思議な団体もあった。
僕のオロカ頭では、現代の世の中では神社と数珠ってのは相容れない間柄なのかと思っていたけどそうではないのですね?
この正殿前の団体、いっこうに前に進む気配がない。
一心不乱にお参りしているのか??
予期せぬ非常事態である。
たとえ腹が減っていても列に並んでまで飯は食わないという我々が、こんな長蛇の列に加わってお参りするはずがなかった。<伊勢神宮は飯屋と一緒なのか?
こうして、龍の絵に眼は入らないままになってしまったのだった。いったい何しに来たんだか…。
それにしてもこの人数。伊勢神宮の集客力は凄まじい。
鳥羽水族館は直ちに伊勢に移転したほうがよい。
参詣を終え(結局参ってないからなんというのか…)、町並みが変わる以前からずっと同じ場所にある屋台で、焼き大アサリを買った。僕のひそかな好物なのだ。
その勢いで食事することにした。
先ほどの長蛇の列はやや緩和していたので、それほど待つことなく席につけた。<なんだよ、結局並んでるんじゃんッ!!
てこね寿司と伊勢うどんのセット、そして生ビールをば……。
いやあ、悪りぃね、運転手のタコ主任。ビールが美味しいよ、ハッハッハ。
このてこね寿司、美味しいよぉ。もっとちゃんとしたところで食べたらストロング級に美味しいよ。
さて、伊勢といえば赤福。
伊勢の名物 赤福もちだ ええじゃないか
そう刷り込みを受けて育った僕にとっては、赤福こそが伊勢だった。
さんざんコマーシャルで見せられ続け、ついに念願かなって初めて食べたときの感動が忘れられない……。
ということで、緋毛氈に腰掛けて、お茶をズズズーっとすすりつつ出来立てホヤホヤの軟らかい赤福を………
あーおいし。
この伊勢版古い町並みの裏は五十鈴川の土手である。
人ごみを避けて、川のほとりを歩いてみた。
すると、アヒルもしくは合鴨が5、6羽!!
一声かけると近寄ってきた!!
「アヒルは私に任せてよ!」
得意げにそう言うやいなや、ディバックからやおら取り出しましたる一切れのパン。
宮川で鴨を呼んだあのパンがまだ残っていたのだ。
パンが見えたのか、呼び方がよかったのか、アヒルたちはまっしぐらに土手を駆け上がってきた。
さすがじゃないか……。
タコ主任と僕がそう思ったのも束の間、アヒルたちはうちの奥さんが投げるパン切れには見向きもせず、タッタカタッタカ一列渋滞で通りにつながる路地に入っていった。
たまたま通りかかった他のご家族連れも不思議そうにアヒルたちが去ったほうを見ていた。どうやら路地裏の広いおうちに入っていったらしい。
いったいなんだったのだろう??
アヒルに姿を変えた、お伊勢さんの神々だったのかもしれない………。
ニワトリには会えなかったけど、アヒルに会えて大変ご満悦のうちの奥さんなのだった。 |