11・披露宴に咲いた一厘の花

 結婚式といえば、神前であれ教会であれ…あ、どっちも神様の前か、式そのものが新郎新婦にとってはメインイベントのはずなのだが、出席する招待客からすると、当然ながら披露宴が主である。
 とはいえ、

 新郎新婦を肴に、飲めや歌えやで大騒ぎ!!

 ……をするのは、まぁ沖縄の結婚式くらいだろう。
 なにしろ沖縄では、ごく普通の披露宴さえ3〜400人は当たり前。披露宴会場にはたいてい前後に舞台があり、次から次へと出し物が出てくる。
 本来主人公であるはずの新郎新婦など飾り物のようなもの。なにしろ司会者が

 「大変お待たせいたしました……」

 と挨拶を始める前に、すでに各テーブルではおとっつぁんたちが銘々で酒を酌み交わし、ほぼ出来上がっているのだから。
 出席者も、たとえ当日突如出席を決めて突如披露宴会場に現れたとしても、テーブルに席が設けられて料理が出てくるという、まるで居酒屋かお座敷での宴会のようなノリなのである。

 それに比べれば、内地の披露宴はやはりさすがにディナーショー的な上品さがある。
 それがこの老舗ホテルでの披露宴ともなれば、場所柄なにやら鹿鳴館でのパーティのような雰囲気だ(鹿鳴館のパーティを経験したことはないですが…)。

 さて。
 いったんホテルの部屋に戻った僕たちは、なんだかもう、すべてのイベントを終えたような充実感に見舞われていた。このあとは着替えて街に繰り出して再びドンチャンいくか!!って雰囲気だったのだ。
 でも披露宴はこれから。
 礼服はこれからが本番だ。

 ちょっと休憩してから、披露宴会場に向かった。
 会場は、趣のある造りの旧館にある、レインボーボールルームだ。
 受付を済ませて控えの間に進むと、食前酒が並べられていた。
 昨夜の痴態を鑑み、ここはグッとこらえてアルコール分摂取を我慢するというのがスジであろう。

 が。

 反省だけなら猿でもできると言われていたのに、ついに反省すらできない獣へと退化してしまった。

 シェリー酒とウィスキーの水割りを手に、まずはシアワセに浸るの図。
 式場にしろ披露宴会場にしろ、僕たちクロワッサンスタッフは、会場で他の知人に会うことはありえない。しかし隊長は、かつての同僚たちと旧交を温めていた。大企業だから同期入社の方も多く、あっちで「やぁ!」こっちで「どうも!」と、隊長もなかなか顔のようである。
 でもきっと、誰一人として隊長のように飲める人はいないに違いない……。

 やがて時間となり、会場へと案内された。
 席次表を見つつ用意された席につく。
 新郎新婦の真正面である。
 我々のテーブルはといえば、クロワッサンスタッフ3名に隊長、そして九州は大牟田からやってきた、リーダーや隊長と同期のナガタさん、そして……… 

 あーっ!!
 次郎さん!?

 なんとなんと、無頼船のマスター・次郎さんと同席だったのである。<って、だからそれは昨夜のうちから聞いていたんだってば。

 昨夜は大変ご迷惑をおかけいたしました!!
 起立して頭を下げたのはいうまでもない。

 写真でこそ飲み物とともに写っているけれど、実際こうしてグラスに飲み物が注がれたのは、新郎新婦が入場して、主賓の挨拶がひととおり済んで、それからようやく乾杯の音頭……となって、そのときようやく注がれる。
 このあたりも、開演まえからビールが酌み交わされている沖縄の結婚式とは全然違うのだ。というか、スタンダードはこっちなのだから、沖縄式のほうが異例なのだが…。

 というわけで、すでにアルコールの禁断症状が……じゃなかった、喉が渇いて何か飲みたくてしょうがなかった僕は、新郎新婦の登場に待ってましたとばかりの拍手を送った。

 お馴染みの音楽とともに、うれしはずかし、新郎新婦の入場である。

(左):緊張の面持ちだったリーダー、ビデオを構えるオチアイに声をかけられ、ようやくいつもの笑顔が。
(右):まるで社交界の挙式のような豪華な部屋。

 最初から洋装のせいなのか、その後おもむろにケーキカットに。
 「新郎新婦の初めての共同作業です……」
 とお約束の司会の言葉が。
 共同作業といえば、このGWに一本サンゴに一升瓶を埋めていた気がするんですけど、このお二人……。

 なにはともあれ、ケーキカット!!

 僕も経験者ではあるのだけれど、これってけっこう恥ずかしいんだよなぁ……。
 ちなみに、このときにいたるもまだグラスには何も注がれていない。
 こっちの結婚披露宴に出なくなって久しいのですっかり忘れていたけれど、主賓による新郎新婦の紹介プラスご挨拶って、乾杯の前だったのね…。

 ところで、20代で数多く経験した結婚披露宴とは違い、やはりこの齢になると(ちなみにリーダーは僕より一つ学年が上)、社会的にもそれなりのポジションにいるわけだから、披露宴そのものが大人だ。そして、会社関係の主賓による新郎新婦の挨拶でも、会社での彼らの重要度合いがヒシヒシと伝わってくるものがある(社交辞令を差し引いてもって意味ね)。
 そう、何にビックリしたって、リーダーってちゃんと働いてたんだ………ってこと。
 あれだけいつもお酒飲んでていつ働いているんだろうって常々不思議に思っていたのだけれど、やはり島モードとゲンジツ社会モードはキチンと切り替えておられたのだ。
 何事もメリハリが肝要ってことね。

 その点、どこへ行ってもメリもハリもない男(僕のことね)は、この期に及んでもなお、まだ何も注がれていないグラスを恨めしげに眺めていたのだった。
 そしてようやく、ようやく乾杯の音頭に……。

 リーダーの中学時代の恩師による味のある音頭で……

 乾杯ッ!!

 さあいよいよだ。
 料理が出てくる、お酒が飲める!!
 お店に行ってもおいそれとは食べられないようなスペシャルなコース料理が次々に。
 いちいち写真を撮っていられなかったので、前菜だけここに紹介しておこう。

 どうです、美味そうでしょう??
 美味しいのよ、これが!!

 かわいそうに、新郎新婦ときたら、次々にやってくる「写真一緒に撮って隊」に阻まれ、箸をつける暇がない。おまけにお色直しだなんだかんだで、せっかく料理を自分たちで選んだというのに、ほとんど手をつけることなく終わってしまったようだ。
 そんなことなら、ここに映像だけでも残しておけばよかったなぁ。
 イセエビもローストビーフも、とってもとっても美味しかったよぉ、ブクちゃん……。

 ブク嬢は、洋食か和食かという意味で何食か問われた際、力強く

 「肉食です!!」

 と答えるほどの肉ジョーグーなのである。
 ご馳走を目の前に、さぞかしつらかったろうねぇ………。

 僕たちはおかげさまでとってもとっても堪能させてもらった。
 でも!!
 僕の心をたっぷりと満たしてくれたのは、極上のシャンペンでも至宝のメニューでもなかった。
 それは、我々のテーブルにそっと咲いた一輪の花……。
 そうです、彼女なんで〜す!!

 ……って、黒いほうの人じゃないよ!!
 我々のテーブルの係だったキムラさんである。
 実はこの写真の前に、是非僕と一緒に写ってくださいとお願いしてうちの奥さんに撮ってもらったのだけれど、あまりにも僕がスケベオヤジらしいヨロコビの顔をしていたので恥ずかしくて出せないのであった。
 それはともかく、この旅行記コーナーでたびたび触れているとおり、僕はこういう飲食業におけるサービスというものも自分たちの仕事とかなり相通じるものがあると常々思っているので、ただだらしなく酔っ払ったフリをして、けっこうその仕事を観察していたりする。
 そういう僕の厳しい目(?)をもってしても、このキムラさんは完璧だった。
 仕事が完璧で、なおかつ容姿端麗とくれば、そんなあなたにふぉーりんラブ!!

 「ワインをお注ぎいたしましょうか?」

 「貴女が注いでくれるのであれば、なんだって飲みます!!」

 「パンのお代わりはいかがですか」

 「貴女に言われれば百万個だって食べます!!」

 こんなオヤジの相手にイヤな顔せず笑顔で応える彼女は、たちまちこのテーブルでの人気者になった。
 というか、あまりに頻度高く各種お酒を注ぎに来てくれた気がするんだけど、ひょっとして僕は遊ばれていたのだろうか??
 気がつけば、いつの間にか隊長まで僕のセリフを借用していた。

 おまけに!!
 こんなたわごとを言っているのは僕だけなのかと思っていたら、

 「彼女は21歳だそうですよ」

 いつの間にそんな会話を!?
 恐るべし違いのわかる男。如才のなさもここまでくれば一芸といえよう。
 ちなみに彼が年齢をさりげなく問うた際、

 「21でございます」

 キムラさんはそう答えたという。
 21でございます……。
 自分の年齢を相手に教えるのに、「ございます」ですぜ、「ございます」。さすが老舗ホテルって感じの社員教育だよなぁ……。
 言葉遣いだけじゃなく、給仕における彼女のさりげない気遣いや振る舞いには、プロとしての見事なスタイルが確立されていた。
 ざっと近隣のテーブルを見まわしても、このレインボーボールルームでどうやら彼女がナンバー1だ。
 だからというわけではないが、別のテーブルのオヤジさんが、そばを通りかかった彼女に何か用を頼んでいた。

 てめぇ、この野郎、自分とこのテーブルの係がいるだろう!!

 と言いたくなる我々の席の男たち。
 いつの間にか我らのキムラさんになっていたのだった。
 こうしてネットでアップする旨伝えても、快く了解してくれた。

 そうやって僕がキムラさんにうつつを抜かしている間に、新郎新婦がお色直しから戻ってきた。
 もはや僕の目にはキムラさんしか映らなくなっていたからお色直しなんてどうでも……

 ゴホンッ!!
 いえいえ、けっしてそんなことはございませんですよ!!

 そうそう、お色直しで新郎新婦が席をはずしている間に、スクリーンではオシャレに編集されたお二人の生い立ちをつづったスライドショーが上映されていた。
 後半では、彼らの活動の場の一つである我が水納島も登場させてくれていた。彼らのトレードマークでもある飲んでいるシーンが、ティーダでの乾杯シーンだったのがうれしい。
 桟橋で撮った写真もあって、そこには、掲示板でおなじみのり☆ようこさんやアネモネフィッシュさんたちもゲスト出演してましたよ!

 そうやっていろんな写真が多々あった中で、出席者が最も驚いたのはリーダー若かりし日に、タワーレコードでバイトしていたときの写真である。

 ほ……細い!!

 まるでジャニーズ系のようなポップな髪型の下にあるお顔は、とても同じ人とは思えなかった。
 その写真は残念ながらここにはないけれど、代わりにほぼ同時期のご本人のポートレートがある。
 ジャンッ!!

 学生時代に取得されたCカードの写真だ。
 イロブダイやカンムリベラもビックリの、幼魚から成魚への変身ぶりである……。

 さてさてお色直しで再登場した後は、お約束の各テーブル周り。
 キャンユーセレブレイ〜♪って歌いだしそうな美しいオレンジのドレスの新婦。それに対して学生の頃からはすっかり変わったリーダーは、お色直しで変身することはなかったようだ。

 ここで、我々は新郎のためにスペシャルカクテルを用意した。
 名付けて、ビールベースのギョカコーラ。
 テーブルにあるありとあらゆる飲み物と、生姜をはじめとする各種薬味その他、とりあえず口に入れても大丈夫なものを混ぜ合わせたスペシャルドリンクである。
 さあ、リーダー、グッと一息で!!

 もうたいがいあちこちで飲まされているリーダーではあったけれど、さすがにアヤシイ気配を察知したのだろう、一口飲むやいなや、

 「ググッ……これは……!!」

 ギョカコーラ、なかなか好評であった。
 新郎新婦が去った後、ギョカコーラをみんなで味見してみた。
 隊長、縁起物です、さあどうぞ!!

 相当イケル飲み物のようだ………。

 舞台では、格調高い出し物が。
 マジでこの方同期入社のサラリーマンなんですか?(写真右の松野さん)と誰もが思ったであろう、エレクトーン演奏によるドラマチックなタイタニックのテーマソングと、リーダーの妹さんによる軽快なバイオリンの演奏。
 あれ、このバイオリン、そういえば教会でも……?
 そう、式のときにバイオリンの生演奏があって、鄙びた教会が本拠地のカトリック信者オチアイなどは、さすが大きな教会、信者によるボランティアの演奏がバイオリンであるんですねぇ……などと感心していたのだが、それも実は妹さんだったのだ。

 格調高い出し物が続き、新郎父の挨拶、そして…新郎の挨拶。
 いよいよ披露宴も佳境だ。

 いろいろ大変だったでしょう、お疲れさまでした、リーダー、ブクちゃん!!
 ちなみに、隣でうつむいているブク嬢の心境をここに代弁しておこう。

 「ああ……何にも料理を食べられなかったなぁ……お腹へって倒れそう……」

 拍手に送られ、新郎新婦が一足先に会場を出る。
 そして、会場から出て行く我々出席者一人ひとりが、出口で見送る新郎新婦に挨拶をして……
 というお決まりのコースに我々もキチンと従った。

 「ああ、楽しかったなぁ!!」

 いつの間にかけっこう飲んですっかりゴキゲン状態になっていた次郎さんが、充足した面持ちで会場を後にされた。
 さあて、我々もいったん部屋に引き上げますか。

 あ!!
 ちょっと待った!!

 最後にキムラさんに挨拶しておかねば!!
 いったん会場を後にしたにもかかわらず、おっとり刀で引き返し、挨拶をし続けている新郎新婦には目もくれず再び会場内に。

 あ、いたいた、キムラさん!!
 こういうとき、うちの奥さんを伴っていると、変なオヤジっぽくなくて便利だ。

 「どうもお世話になりました!ところでキムラさんはダイビングなどなさりますか?」

 これで彼女がダイバーだったら完璧だったのだが。
 世の中はそんなにうまくはいかない。

 「いえ、経験はございません」

 あくまでも言葉遣いは丁寧である。
 そうか、ダイビングはしたことないか……。じゃあ、

 「沖縄旅行とかにご興味はおありですか?」

 「あ、ハイ、少し……」

 でしたら!!
 ああ、ここでパンフレットの一つでもあればなぁ!!
 口頭だけだと、単なる酔っ払いの気まぐれにしか聞こえないだろうなぁ。
 それでも一応、我々夫婦の仕事を伝え、いらっしゃったら今度は立場が逆転してサービスさせていただきます、と言っておいた。

 ああ、いい子だった……。
 きっと如才ない違いのわかる男のことだ、今頃彼女のメルアドを聞き出しているに違いない。あとで教えてもーらおうっと!

 ホテルニューグランドで催される披露宴に出席なさる方は、是非テーブルスタッフに注目されたし!!そこでキムラさんに会ったら、小さな小さな南の島でバカなことを言っているヤツがいる…とお伝えください。

 というか、披露宴にはこういう楽しみ方があったんだなぁってことを初めて知った僕だった。<あのぉ、ちょっと違うと思うんですけど……。