12・2次会のTシャツ

 披露宴会場のホテルに宿泊していると、その後の行動がとっても楽だ。
 いったん部屋に戻って、窮屈なネクタイとおさらばし、何をこぼそうと床で寝転ぼうと、痛くも痒くもない普段着に着替える。
 これで2次会体制は万全だ。

 とはいえ2次会は披露宴と違い、昔からの遊び仲間たちの場となるのが通例だから、我々としては末席にたたずむ程度で、と考えていた。新郎新婦を我々で独占することはもはやできまい。

 やはりいい齢の方のご結婚ともなると、そのお付き合いの範囲はグーンと広くなっている。遊び仲間は学生の頃だけの友人にとどまらず、社内にだってタンといる。ま、新郎も新婦も、会社の縁といえばそのほとんどが飲み友達だろうけれど……。
 また、現在リーダーはかの法政大学アクアダイビングクラブの栄えあるOB会長に就任されているので、学生時代の友人関係というのは、世代を超えて集まってくる。

 それもあって……。

 早めに着いたつもりの2次会会場は、すでに満員御礼で立錐の余地なし。あとで聞いたところによると、呼んでない人までたくさん来ていて、予定の倍以上の来客だったという。
 そりゃそうだろう、我々のように披露宴会場でお二人の晴れの姿を見られるならともかく、2次会から参加予定のみなさんにとっては、リーダーやブク嬢の晴れの姿を見るのはこの場が最初なのだから。見逃す手はない。

 予想を超えた大盛況で、司会を務める方や幹事さんは大わらわだった。
 一生のうちで一度も幹事や司会などをせずに過ごせる方も世の中にはいるのだろうが、幸か不幸か学生の頃からそういう面倒くさいことをやらされることが多かった僕としては、彼らの大変さは痛いほどよくわかる。
 でも、これだけ人が来ることがもう少し予測できたなら、会費をもっと圧倒的に安くできたろうになぁ……と、すでに披露宴にて腹いっぱい食べたお腹では、用意された立食パーティメニューのご馳走に何一つ手をつけることができずに指をくわえていた僕は思ったのだった。

 そんななか、隊長はすでにヒートアップしていた。
 そうなのだ、この2次会では隊長に大役があるのである。

 乾杯の音頭!!

 とはいえ圧倒的な人数のこの会場で、「ごっくん隊」なんていっても誰も何もわからない。わからない中ではたして隊長はどのような乾杯の挨拶をするんだろうか。興味津々である。

 そうこうするうちに、新郎新婦が登場!
 用意された高砂の席へ………って、この席だと、またしても用意された料理に手を出せないんじゃなかろうか……??
 がんばれブクちゃん!!

 司会の挨拶もそこそこに、いよいよ乾杯の音頭である。
 隊長の出番だ!!

 マイクを手にした隊長、さあ挨拶が始まるのかと思いきや、

 「あ、いけね、上着を忘れた!」

 というやいなや、手にした上着を着る隊長。
 上着って、別にそんなに必要とは思えないんだけど、なんでわざわざ??

 あっ!!

 うちで販売している水納島という文字が入ったTシャツの、非売品バージョンだ!!
 それをシャツの上に着てくれたのである。
 さすが隊長、芸が細かい!!

 ……がしかし、居並ぶお歴々には絶対に何のことやらわからなかったろう。

 そのほか、会場では隊長責任編集によるごっくん隊の水納島での活動のビデオが上映されていた。
 その映像では、一本サンゴの近くに一升瓶を埋めようとする二人の姿や、ゆんたくタイム最終盤でのお二人の痴態などが赤裸々に明かされ、本来であれば会場からはやんやの喝采があってしかるべきの作品だったのだけれど……
 …超満員の会場で、その場を仕切って全員の注目をビデオ上映に向けるなんてことは、もはや誰にもできないのであった。

 でも僕たちはたっぷり堪能させてもらった。
 隊長、ありがとう!!

 ビデオが上映されている間もそうでないときも、新郎新婦の席にはひっきりなしに人が訪れ、そのたびにリーダーは乾杯していた。
 そうやってお酒は飲めても、おそらく何も食べられない状態だろう……。
 と知りつつも、せっかくなので我々も。

 もうすでにたいがい酔っ払っているリーダーなのだった。
 ちなみに二人がしている変な顔は、餌に食いつく鯉の真似なのだそうである。なんで鯉??ということに深い理由はまったくない。

 こういう2次会につきもののビンゴもどきゲームも、いろんな人の挨拶も、超満員の会場では何がなにやらわからない状態だったけど、老いも若きも美味しくお酒を飲める、楽しい楽しい宴会場であったことは間違いない。

 楽しい夜が更けていく………。
 最後に、新郎の挨拶でお開きとなった。新郎新婦退場前に、「おまかせ!!」コールがあったのはいうまでもない。

 さあてさあて。
 このあと、リーダーたちはさらなる体育会系酒池肉林の場へと移っていくのだろう。
 さすがにその末席にたたずむのもなんなので、我々クロワッサン組はそこでみんなと別れ、しっぽりと飲みに行くことにした。 

 中華街マスターを自称する違いのわかる男に案内され、突如降りだした雨に追われるように、駆け込む勢いで入った店は………

 あれ??
 ここって3年前にケンタローが連れてきてくれたお店じゃないか!!(
こちらを参照)
 あの時は店の名前など微塵も覚えていなかったけど、今回は大丈夫。ウィンドジャマーというお店である。
 あの当時は、なんでケンタローがこんなオシャレなお店を知っているのだろうかと不思議でならなかったのだが、実は中華街では定番中の定番の店なのだそうな。

 当時は人数が多かったせいかガラが悪かったせいか、2階の席に通されたのでジャズの生演奏は聴けなかったけど、この日はすぐ間近に座ることができた。

 こういう雰囲気の店では落ち着いてシッポリと飲むのがよい。
 が、メニューを見ているうちにムラムラとやる気モードに。
 他の二人は大人しくピザでもつつきながら…と言っているのに、僕はついつい、超巨大ベーコンチーズバーガーを頼んでしまった。

 でかすぎ。
 でも美味しかった!!

 最後の締めくくりがジャズ演奏というこの1日、振り返ると、本当にそれが1日の出来事とは思えないほどに盛りだくさんだった。
 氷川丸のかもめを見ていたのが今朝のことだなんてとても信じられない……。

 店を出て、雨が上がった中華街を歩く。
 さすがに今日はこのうえ「ラーメン!」などと雄叫びをあげたりはしない。
 歩いていると、ケータイが鳴った。
 出てみると、すっかりゴキゲン状態のリーダー。
 どうやら、このあとの4次会へとお誘いくださっているらしい。
 法政アクアOBの方々と、琉大ダイビングクラブを代表してお酒を酌み交わすというのも楽しそうなんだけど、やはり圧倒的な軍団の中に紛れ込むにはさらにそれを上回るパワーがいるし、それよりも何よりも、集まっているOB諸氏たちにしてみれば、こういうときは他者に気を使うことなく、自分たちと過去を共有しているメンツで盛り上がったほうが絶対に面白いに決まっているのだから、丁重にご辞退申し上げた。
 ラーメンラーメンと騒がないだけあって、今宵の僕は冷静だったのである。

 雨に濡れた夜の中華街というのも、なんだかしみじみいい雰囲気だ。馳星周の小説の舞台のような気さえしてくる……。
 こういうところでまたディープな店に入れば、それはそれで楽しいひとときがあるに違いないのだろうけれど、いかんせん連戦の疲れがここにきてまぶたを重くしていた。明日も明後日も明々後日もあることだし、今宵はこれにて引き上げよう。

 でも、なんだかこのシッポリと濡れた雰囲気が名残惜しい。
 なので、オチアイとはホテルで別れ、我々は夜の山下公園を歩いてみることにした。オチアイいわく、夜の山下公園は京都の鴨川沿いなみにカップルだらけなのだという。
 特にタシロもしくはウエクサ趣味はないものの、たしかに中学生の頃に所用あって一週間ほど通った夜の鴨川沿いは、当時の僕には随分刺激的だった…。

 ところが期待に反して(期待してたんかい)、ベンチにはカップルの姿はほとんどなかった。
 そりゃ雨に濡れているベンチだもの、座ってはいられないか。
 それにしても、こうして夜眺めてみると、この公園のベンチってのは、夜の「そのため」にあるとしか思えないような配置ですな。

 街の灯を映すおだやかな夜の海というのもまたオツなものだ。
 海沿いにはカップルや釣りをする人たちがポツポツいた。
 時間的にこんな遅くまで釣りしてていいの?って感じの齢若い少年もいたけれど、やっていることが釣りなのだから、まぁ健全といえば健全か。

 ひととおり散策して、ホテルに戻ってきた。
 窓の外の夜景はまだなお美しい。
 まだ眠らぬ街には、リーダーたちをはじめとするさまざまなヨロコビの宴もあれば、はかなき世を呪う哀しみの夜もあるのだろう。一つ一つの街の灯に、それぞれの人生を見る思いがした。

 僕らは一足早く眠りにつこう。
 窓外の人生の灯が、カーテンの向こうに消えていく……。
 こうして、今回の旅行のメインイベントの一日は、つつがなく幕を下ろしたのだった。