7・前夜祭

 約束の6時が迫っていた。
 今宵は、結婚式前夜だというのにもかかわらず、リーダーT沢さんがツアーリーダーとなって、彼の縄張りを案内してくださるのである。横浜で食い倒れ飲み倒れるのである!!

 さあ、ロビーで集合!!

 本来であればここにブク嬢がいないはずはないのだが、そこはそれ、さすがに結婚式前夜に花嫁が飲んだくれるわけにはいかない。
 前夜どころか、お酒は何かとお肌や何かによい影響を与えないので、式前の一週間は禁酒を言い渡されているという。きっと彼女にとっては死ぬよりもつらい日々だろう。
 というわけで、彼女は断腸の思いで明日に備えているのだ。

 そんな花嫁の苦労はそっちのけで、すでに胃袋が満を持している状態の我々はいざ出発!!

 さあて、今宵まずどこから攻めるのか。
 横浜といえば中華街である。
 しかもこのホテルはそのまん前である。
 さあ、高級中華料理店よ、どんと来い!!

 しかし我々は!!
 野毛小路に行くのであった。
 リーダーT沢さんの縄張りである。
 そう、中華街なんて、地元の人にとって見れば僕らが国際通りに行くようなものなのだ。本当に美味しいところは小道の奥の奥にあるのである!!

 ……といいつつ、やがて判明するのだが、案外地元の人って中華街に詳しくないだけっつう話もあるのだった。

 リーダーの今宵のスペシャルツアーの予定は、まずは腹ごしらえでたんと食い、しかるのちに河岸を変えてたんと飲む、というものであるらしい。
 時刻は6時過ぎ。
 タクシーに乗って野毛にやってきた我々は、まずはここに…という、リーダーお勧め度ナンバー1の店にやってきた。

 その名も三陽!!

 おおっ………こ、これは!!
 いきなりディープな世界だ!!
 こういう店、知っている人に案内されなかったら絶対に一見さんで入る勇気はない……。
 しかし、こういう店にこそ地元ならではのシンジツがあるのである!
 このごろこういった場末的ディープな地元の飲食店にこのうえないヨロコビを見出している違いのわかる男は、入るなりいきなりハイテンションモードへと突入していた。

 その店内ときたら……

 せ……狭いッ!!
 なんだこの狭さは!!
 乾杯しようとしたら隣の人にエルボースマッシュをしてしまいそうだ。
 しかも、リーダーの背後にあるシートが無ければ、単なる露天なのである。「店内」じゃないじゃんッ!!
 おお、この場末度の素晴らしさよ!
 ああ、所沢に住んでいた当時、ものすごく入ってみたかったのに、ついに入ることができなかった(勇気がなかった)焼き鳥屋を思い出す……。
 奥にもちゃんとカウンター席とテーブルがあるのだが、とにかくたとえていうなら3人部屋の民宿大城さんの2階の部屋に20人くらい入っているようなもので、奥にあるトイレにいくだけでもちょっとしたアドベンチャーだった。
 実際、やっとの思いでたどり着いたトイレのドアには、

 「チベット」

 という看板が掲げられているのだ。つまり奥地も奥地の秘境ってこと?

 しかし!!
 シンジツの味は店のスペースの大小に左右されるものではない。

 「ここの餃子が美味いんですよ!」

 というリーダーお勧めの餃子が登場!!

 これがもう、美味いのなんの!!
 ちなみにちょっと後ろに写っているのは突き出しのにんにくの丸焼きで、すでに開戦当初からにんにくたっぷりモードに突入しているというのに、この餃子にもこれでもかというくらいのにんにくが。
 といっても、にんにくで胃袋が発火するような刺激ではなく、食欲をガンガン増進させていく効果満載。
 僕はカレーならキレンジャーのようにバクバク食べることで有名なのだが、ここではついに餃子版キレンジャーになってしまった。
 それにしてもリーダー、前夜にこんなににんにく食べていいんですか??

 そのほか、ねぎや鶏肉の炒め物も抜群。庶民の中華炸裂ってところだ。
 焼きそばもまたうまかった。
 カウンターを挟んだ向こうで調理している大将に、明日はリーダーの結婚式なのだという旨告げると、

 「おめでとう!じゃあ、スペシャルサービス!!」

 なんだろう?
 それはこれだった。


スペシャルサービスをしてもらい、満面の笑みのリーダー

 焼きそばのことではない。
 その上にさしてある日の丸の旗!!
 いやあ、大将、すばらしいサービス!!

 そう、この店の大将はお茶目さんなのである。
 それは、この店の看板メニューを見れば一目瞭然だ。

 楊貴妃も腰を抜かす ギャルのアイドル       チンチン麺
 ジンギスハーンもいきり立つ ぼくちゃんのアイドル チョメチョメ麺
 男のロマン                    ボーボー麺

 などのほか、毛沢東や周恩来まで出てきては腰を抜かしたりビックリしたりするメニューが看板にデデンと掲げられているのだ。はたしてそれを見て味を想像できる人がいるのだろうか?チョメチョメ麺っていったいなんなんだ??
 是非食べてみたいところであったが、なにしろ他の料理も美味い。
 大将のノリと店の雰囲気と料理の美味さでビールはたちどころに消費されていく。
 自分のペースで飲むつもりでいた僕だったのに、リーダーの隣に座ったのが運のつき、グラスを空けるたびにナミナミと注がれまくり、まだ8時前だというのにもう胃袋も肝臓もフル稼働状態になっていた。

 いやあ、本当に食った。
 食い物にはとにかく一家言ある違いのわかる男も大絶賛の三陽。ここを知らずして横浜を語ることなかれ!!

 腹を満たした後は、酒を飲みに行く。
 …って、たいがいもう飲んでいるんだけれど、今度は雰囲気を変えてシッポリと……

 三陽からチョコチョコっと歩いて行けるところにそのお店はあった。

 無頼船(ぶらいせん)というお店だ。
 ここもまた、リーダーのいきつけの店なのである。
 つい最近もボトルをキープしたばかりだというので、甘えさせてもらうのだ。
 カンパーイ!!

 ……って、リーダー、このキープボトル、日付が昨日になってますけど?しかもボトルには、ブク嬢の落書もあるじゃないですか!?

 「いやあ、昨日来てキープしたんですよねぇ…」

 一週間前から禁酒じゃなかったの??
 てゆーか、この芋焼酎の一升瓶、もうほとんど空いてるじゃないですか!!

 「あれ!?あれ???こんなに飲んだっけかなぁ……」

 二人で一晩でこれだけ飲むなんて……恐るべしごっくん隊。
 僕はどちらかというと芋焼酎は苦手なので、もう一本のボトルであるスコッチにした。
 おそらくけっこう値のはるお酒だったのだろうけれど、残念ながら僕にとってはスコッチはスコッチなのだ。
 このお店、なぜだかグラスがでっかい。
 そこにまた、リーダーがナミナミと注いでくれる。
 すでに一軒目でたいがい酔っ払っていた僕は、それを麦茶のように飲み干す。
 すると、また注いでくれる。
 飲み干す。
 注いでくれる
 飲み干す。

 あれ??
 こ…これじゃあ、俺がごっくん隊じゃないか!?
 しかしもはや火がついた導火線は誰にも消すことができないのだった。

 「いやあ、僕も式場のカメラマンから、前日飲むと顔がむくむからあんまり飲むなって言われてるんですよねぇ……」

 などと言って当初は控えめだったリーダーも、そこはごっくん隊である。控えめにしてなお、常人の3倍の量なのだ。
 隊長は言うまでもないだろう。
 いつものように、D51の機関に石炭をくべるピッチをどんどん上げていくのだった。

 さて、この無頼船、海が大好きなマスター・次郎さんのお店である。
 もっぱら素潜りをされているそうなのだが、インテリアとして手製の水中銃が飾ってあったりしてなんだかうれしい。
 お店には場所柄保安庁の猛者たちも来るそうで、店名どおり海が好きな人がそのほかにも多くやってくるらしい。

 そういうお店で、いつものようにやいのやいのと飲んでいると、ツマミが出てきた。
 生ハムだ!
 しかも、僕らがいつもスーパーで買うようなパック入りのものではなく、カウンターにデンッと置かれてあるブーブーの足からナイフで削がれたばかりのハム!!

 これが美味い!!
 めちゃくちゃ美味しいのだ。
 たいがい酔っ払って、ヘタすると麦茶を注がれてもそうと気づかなかったかもしれないヤツの言葉なんて誰も信じちゃくれないかもしれないけれど、本当に美味しいのである。
 隊長も絶賛していたくらいだから、納得していただけよう。
 あ………隊長じゃ僕と変わらないか……。
 そうそう、違いのわかる男だって、リーダーだって、うちの奥さんだって美味しいといっていたのだから間違いない。

 いいなぁ、あの生ハム。
 一度でいいから、自分で削いでみたいなぁ……。
 この稿を書くにあたっても格好のネタになるじゃないか。
 というわけで、うちの奥さんに、カウンターまで行って切らしてもらいなよぉ…とかなりしつこく言う僕なのだったが、酔っ払いのたわごとには誰も耳を傾けてくれない。

 ああ、残念だ、削いでみたかったなぁ………。

 そうこうするうちに時計の針はいつの間にか12時を過ぎていた。楽しいひとときというのは瞬く間に過ぎていくものだ。
 感覚的にはあっという間でも、6時過ぎから飲んでいるのだから、かれこれ6時間。
 たった2軒しか回っていないのに、この胃袋と肝臓の満足度ときたらどうだ。もうお腹一杯……。

 というわけで、リーダーは明日もあることだしこのへんでお開きにして、タクシーに乗った隊長、オチアイ、うちの奥さん、そして僕の4人々はホテルに降り立った。
 が。
 飲んだあとはラーメンに決まっているじゃないか!!

 一人駄々をこねる僕。
 誰ももうこれ以上入らないというところまでテンパッていたにもかかわらず、僕の願望によりラーメンを食べに行くことになってしまった。

 その先のことはあまり覚えていない…………。

 足取りも軽く僕たちは最寄の中華料理店に入った(らしい)。
 中華街というのはそもそも飯を食べるところのせいか、案外夜は早い。12時過ぎともなるとたいていの店は閉まっているのだ。
 ただラーメンを食べたいだけの僕にとっては店がどこだなんてことはまったく関係ないので、開いているところに入っただけである(ようだ)。

 で。
 もちろん迷わずチャーシュー麺を頼む(覚えている…)。
 ネガティブだった他の3人も、めいめい適当に頼んでいた(そうだ)。

 すると突然……

 気持ち悪くなってきた。
 なんか吐きそう……。
 気持ち悪いぃ〜吐きそう〜……
 などと大きな声でうめきながら席についている客ほど迷惑なものはないであろう。
 そんな客のもとへ、チャーシュー麺がやってきた(みたい)。

 うわっ…………マジで気持ち悪い。

 出された途端にそんなセリフを吐くなんて、たたき出されても仕方のないところだが、その店の店員は優しかった。嫌な顔はしていたけど……(という話)。

 チャーシュー麺を前に気持ち悪さでグロッキー寸前だった僕は、ついに力尽きかけた(らしい)。
 しばらくうつむいて沈黙していた(そうな)。髪の毛をラーメンの中につけながら………。

 ところが、何がどうしたのか突然ムクッと起き上がり、もくもくとチャーシュー麺をすすり続ける(なんとなくそんな記憶が…)。髪の毛を固めていたディップが染み出したダシはなんとも絶妙で……というほどの記憶もなく、それでも僕は、他の誰も成し遂げられなかったダシまで完食!を果たしたのだった。

 途切れ途切れの記憶をつなぎ合わせるとこういうことになるのだが、おそらく実際はもっともっとひどいことになっていたと思われる。知らぬが仏、酔っ払ったもんの勝ち。酔った責任酔わせた責任、あんたに任せた後始末!!

 ところで。
 後日違いのわかる男が少し調べたところによると……。

 我々がこの日最後に入った店は「北京飯店」というところだったのだが、なんとこの中華料理屋さんは、日本に北京ダックを広めた伝統の店なのだという。つまり、ここに来て北京ダックを食わずしてなんとする!というお店だったのだ。
 思いおこせば3年前、北京ダック食べたさに中華街にやってきたときははずしにはずしまくったというのに、その本場中の本場にやってきて、記憶にも残っていないチャーシュー麺を食べるなんて……。
 ちなみにこの北京飯店でラーメンを食べるなら「鶏ラーメン」塩味が一押しらしい。奇しくもそれを頼んで美味いといっていたのは、ほかでもない違いのわかる男なのだった……。