水納島の魚たち

アオギハゼ

全長 35mm

 地球上に2万5千種超いるといわれる魚たち。

 そんなにたくさんいれば、なかには

 「どうしてそんな形なの?」

 とか、

 「なぜそこまでするの?」

 といったことを訊かずにはいられない不思議なヤツらもたくさんいる。

 このアオギハゼも、そんなヘンテコな魚たちの一つだ。

 ベニハゼの仲間たちは、岩肌にピトッ……と着底しているものが多い。

 ところがこのアオギハゼは普段の暮らしで岩肌にくっつくことはほとんどなく、いつも浮いた状態でホバリングしている。

 その姿勢が、どういうわけだか冒頭の写真のように仰向き状態で、常時頭のほうがやや上位置になっている。

 いわば一生上向きの人生を送っているのだ。

 おまけにアオギハゼは、岩肌にピトッ…とくっついているタイプのベニハゼの仲間たちとは違って、1匹のオスが複数のメスを従える一夫多妻のハレムがいくつか合わさった群れになっているため、すべてのアオギハゼがみんな同じポーズで上向き状態になっている。

 夏になれば、その年に生まれたチビチビたちも群れに加わっている。

 老若男女が一途な思いでそのような姿勢をキープしていると、なんだか宗教儀式めいた不思議な光景にさえ見えてくる。

 他の天地逆さま状態のベニハゼの仲間では、見やすくするために画像の天地を変えているこの稿ながら、アオギハゼの場合は魚体の正位置にしてしまうとまったく「らしさ」がなくなるので、見た目のままにしておきます。

 そんなアオギハゼたちは、オーバーハングが作り出すようなちょっとした暗がりに集まっていることが多い。

 岩陰といっても砂地の根などでは見られず、リーフエッジの下の方とか、岩礁域の岩陰など。

 光を当ててみるとかなり派手なアオギハゼながら、暗い場所にいるために、そこにいると知らなければその存在にすら気づかないかもしれない。

 暗がりが好きな魚たちだから、ウカツにライトを当てると奥へ奥へと引っ込んでいきはするものの、そーっと光を当てている分には、その美しい体をじっくり観察させてくれる。

 アオギハゼは好きな魚でもあるし、ちょくちょく写真を撮っているつもりでいた。

 ところが過去写真を振り返ってみると、どういうわけだか3月4月といった春先に撮ったものが多い。

 はて、なんでだろう?

 その答えは、婚姻色にあった。

 夏になるとチビチビがドッと増えるアオギハゼたちは、春先に恋のシーズンを迎えているのだ。

 その際に発する恋の色は、普段の色合いに比べるとひと際派手で美しい。

 ちなみに、真夏に撮ったアオギハゼは…

 色合いにコテコテ感が無い。

 春先は群れが皆成熟したオトナたちばかりなので体も大きいし、色も綺麗となればついつい目が行き、ついつい撮っている…ということらしい。

 今年(2020年)は、3月の時点でメスのお腹がポンポコリンに膨らんでいた。

 双方向の性転換方式が採用されているというオキナワベニハゼとは違い、アオギハゼは雌性先熟の性転換をすることが知られている。

 一夫多妻の社会で双方向の性転換OKなんてことになったら、相当ややこしいことになってしまいそうだから、そのほうが合理的なのだろう。

 一夫多妻のハレムが複数集まっている群れだから、群れの中のオスは少ない。

 でもメスよりも大きく貫禄があるので、オスの姿はすぐにわかる。

 成熟しているオスは、メスよりも遥かに背ビレが伸張しているものもいて、なんだか戦闘的なフォルムになってカッコイイ。

 こういう時期は気が立っているのか盛り上がっているのか、オス同士がチョコッとした小競り合いを繰り広げることもあるものの、基本的にただただ静かにプカプカスイスイホバリングしているだけのアオギハゼ。

 なので背景で遊ぼうと思い、ミズイリショウジョウガイバックにしてみたら……

 ……いまいちインパクトなし。

 しょうがないのでアップで眺めてみる。 

 すると………

 アクビをしてくれた。

 どうせならアクビの際には腹ビレも尻ビレも全開にしてくれればカッコイイのに。

 ずっとホバリングしているだけに、姿勢制御上の制約でもあるのだろうか。

 先述のとおり、ストロボが当たっていると艶やかで美しいアオギハゼたちも、岩陰にいてしかも小さいから、慣れないうちはライトを当ててもなかなか目につかないかもしれない。

 でもひとたびその存在を知れば、それこそいたるところといっていいほどあちこちで群れていることを知るようになる。

 一生上向き人生アオギハゼは、ある意味最もお近づきになりやすいベニハゼの仲間といえるかもしれない。

 追記(2020年12月)

 春にオスが婚姻色を出しているアオギハゼはその頃に繁殖期を迎えていて、初夏ともなれば群れの中にチビチビがたくさん入るようになる。

 そして夏の間にそれらが成長しつつ数を減らしていく…という感覚でいたのに、晩秋になっても様々な幼魚の姿が観られた今年(2020年)はアオギハゼのチビターレたちもまた1cm未満のチビターレの姿がたくさん。

 こんな時期でもチビターレが群れているものだったっけ?

 アオギハゼのチビターレが目立つようになる夏場はワイド系レンズを装備していることが多いため、これまでチビターレを撮る機会が無かった。

 それがこの時期にもチビターレがいてくれるおかげで、初めてちゃんとカメラを向けてみた。

 ところが画面内に占める魚体が小さすぎて、さしものオートフォーカスもまったく機能してくれない。

 しかたなく久しぶりに置きピンで撮ってみたところ、おお、まだワタシにも見える!

 で、撮った写真をよく見ると、アオギハゼのチビターレって、体側のラインが入っていないのですね…。

 季節外れのチビターレラッシュのおかげで、今さらながら初めて知ったのだった。