水納島の魚たち

スミツキオグロベラ

全長 8cm

 まだフィルムで写真を撮っていた昔、普段誰も行かないような深いガレ場で、クジャクベラを撮ろうと頑張っていたときのこと。

 クジャクベラに混じって、見慣れぬベラが1匹だけいるのを見つけた。

 図鑑に載っている魚の名前をすべて覚えてはいなくとも、それが見慣れた魚か珍しい魚かという判断なら、深い水深で窒素に痺れた頭でも反応できる。

 コイツは絶対に誰も知らない魚に違いない。

 少なくとも日本では、まだ誰も見たことがない魚に違いない!!

 窒素ボヤヤーン脳は即座に「違いない」を連発し、心臓をバクバクさせつつ激写した結果、ようやく1枚だけ撮れたのが上の写真だ。

 フフフ………誰も撮ったことがない魚の写真を撮っちまったぜ!!

 しかし当時すでにフジフィルムが沖縄県から撤退してしまっていたため、撮影してから現像に出して受け取るまで、1ヶ月以上のタイムラグがあった。

 そのため出来上がりを確認できたのは随分あとのことになりはしたものの、証拠写真程度ながらもフィルムにちゃんと写っていたことを知ったときのヨロコビといったら……。

 冷静でいるふりをしつつ、やや小鼻を膨らませて一人静かに興奮していたものだった。

 が。

 正体を知りたかったので………というよりは「誰も見たことがないはず」という客観的証言が欲しくて、現像が上がってくるなりすぐさまスキャンし、瀬能さんにメールを送って写真を見てもらったところ、実に冷静な答えが返ってきた。

 「……東海大学出版会の日本産魚類生態大図鑑264ページに、八重山で撮影された笠井さんの写真が載っています」

 へ???

 あ、ホントだ…………。

 当時でさえすでに出版されてから10年経っていた図鑑に、しかも刊行当初から手元にあった図鑑に、最初からずっと載っていた魚だったのだ…。

 とはいえ、当時まだ和名どころか学名もついていない魚だったことはたしかだ。

 一応英名があるようで、ブラックブロッチラスという名前を瀬能さんに教えていただいた。

 ブロッチというのはおそらく日本語的に言うとブローチのことなのだろう。

 それから随分時が流れ、ベラ・ブダイ類だけで1冊の図鑑が刊行される世の中になった今、このベラもしっかり和名付きで掲載されている。

 その名もスミツキオグロベラ。

 しかもベラ・ブダイ類だけで192種も掲載されている変態社会人御用達図鑑のスミツキオグロベラは、世界のM下さん撮影の美しい写真だ(97ページ)!

 このベラ、ホントはこんなにきれいだったんですね…。

 件の図鑑によれば、フィリピンなどの南洋や柏島、屋久島ではわりとよく観られるらしいけれど、沖縄ではけっこう珍しいはず。

 水納島では後にも先にもこの1匹のみ。

 もちろんそのレア度は…

   

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