水納島の魚たち

ハマクマノミ

全長 9cm

 水納島でのハマクマノミは(おそらく他所でもたいていは)、タマイタダキイソギンチャクにしか棲まない。

 そのかわりタマイタダキ自体の個体数が多いため、比較的数多く…いや、ダイビングをしていると、場所によってはむしろクマノミよりも多いくらいフツーに観られる。

 魚界では珍しく雄性先熟の性転換をするクマノミ類は、オス時代を経て最終的にメスになるので、どの種類でもたいていメスのほうが大きく、気が強い。

 なかでもこのハマクマノミは、マスオの同僚アナゴ君どころではない恐妻家で、奥様は見るからに恐ろしげだ。

 この顔で迫られると、何も悪いことをしていなくても、とりあえずゴメンナサイと謝ってしまいそうだ。

 黒々としているものが多いハマクマノミのメスには、年齢の加減か個体差があって、まったく黒い部分が無いモノもいるかと思えば……

 ほとんど黒い子もいたりする。

 こうなるとほとんど怪獣だ……。

 そうかと思えば、体は黒っぽくとも、ある特徴のおかげで可愛げがあるハマクマママもいた。

 この子はどういうわけか、尾ビレの先が1本だけピヨヨンと延びているのだ。

 よく行くポイントで船を停めるとちょうど船の下あたりになることが多い場所のため…(↓こういう感じ)


※写真はイメージです

 ゲストにちょくちょく「尾ビレがオシャレなクマノミママ」と案内していた。

 2016年のサンゴ白化の際には、高水温のためか、なんとこの尾ビレまで溶けて無くなりかけていた。

 その後なんとか回復した……

 …と思っていたら、翌年秋に気づいた頃には、いつの間にかピヨヨンが無くなっていた。

 2年近く続いたピヨヨン、いったいなんだったんだろう?

 一方メスにくらべてかなり小さなオスは、体色も鮮やかなオレンジで美しい。

 もっとも、メスと違って相当怖がりさんな子もいて、体験ダイビングなどでゲストにハマクマノミの雌雄を両方観ていただきたいときなど、なかなか姿を現してくれなくて困ることもある。

 その点メスは例外なくたいそう気が強く、イソギンチャクから随分離れてでもダイバーに食ってかかることもある。

 フレンドリーだと勘違いして指先など出そうものなら、たちまち噛みつかれてしまうほど。

 そんなストロングママと草食系パパ夫妻は、他のクマノミ類同様、住処のイソギンチャクの傍らに産卵する。

 ところが彼らハマクマノミは、他のクマノミ類と違ってイソギンチャクの随分奥まったところ、たいてい岩陰になるところに産むため、ハマクマノミの産卵シーンも卵保育シーンも、観る機会は意外に少ない。

 そんな貴重なハマクマノミ夫婦の産卵シーンの動画は↓こちら。

 上の動画でハマクマノミ夫婦が産卵している岩肌は、普段はタマイタダキイソギンチャクが完全に覆っている部分で、産卵の時はわざとイソギンチャクを縮ませてから行うようだ。

 産卵後も、イソギンチャクの触手が卵に触れすぎないように親がケアするので、卵を(もっぱらオスが)保育している様子を観ることができる。

 産卵直後の卵の色は、クマノミのそれと比べると赤味が強く、クマノミの卵がイクラ色とするなら、ハマクマノミの卵は筋子色。

 さて、そんな両親の努力の甲斐あって生まれたチビチビたちは、やはり浮遊生活を経たのちイソギンチャクにたどり着く。

 このハマクマノミのチビチビがまたクマノミ同様、たどり着いたタマイタダキイソギンチャクの事情次第で体色に違いが出る。

 すでにペアがいるところにたどり着いた幼魚は、目立つとオトナにいじめられるためか(むやみやたらとペア以外の子が繁殖可能なオトナにならないよう、先住ペアは他の同居人を攻撃することによって成長を阻害している)、体の色はうっすらと頼りなく、白線は成魚同様1本だけで(たまにうっすらともう1本あることもある)、人目を避けるように細々と暮らしている。

 タマイタダキイソギンチャクの触手が、まるでカルナック神殿の柱のように太く見えるほどのチビターレ。

 このチビチビがこのあともっと大きくなっても、このイソギンチャクにペアが暮らしているかぎり、ハマクマチビは薄い色のままで過ごす。

 これはけっして白化したイソギンチャクの色に合わせているわけではなく、触手の色がたとえ濃くても、ハマクマチビ自身は存在感の薄い色をしている。

 触手の陰から外の様子を覗き見る姿も、なにげにか弱げだ。

 一方、たどり着いた先に誰もいないか、先住者が1匹だけの場合、その暮らしにおける「繁殖ペア」の将来が確定していることもあって、ハマクマノミの幼魚はクッキリメリハリの利いた体色で、2〜3本の白線がある(成長するにつれ線は減っていく)。

 普段はイソギンチャクの触手の外に出てアピールしていることが多い3本線のチビターレは、ダイバーが近づいたりして警戒するとイソギンチャクの触手の間に逃げ込むんだけど、1本線薄幸チビターレに比べ、こちらを伺う様子はなんだかやんちゃで、楽しそうにすら見える。

 それにしても、魚を覚え始めた当初には、1ハマ2クマ3カクレと、まるで初夢ベスト3のように語呂良く覚えた方も多いだろうに、なんとハマクマノミ・ロンリーチビターレは、そのどれをも経て育つのだ。

 個体によっては、尾ビレの上端にもう1本白い模様があるものもいる。

 この3本線は成長するにつれて尾ビレ側のほうから消失していくけれど、尾ビレ付け根の白線が消えていても、尾ビレ上端の白線が残っているものもいる。

 消えるタイミングは個体差もしくは環境差があるらしく、少し成長すると尾ビレ側の3本目が消えかける子がいるかと思えば……

 もっと大きくなっていてもクッキリ3本ラインの子もいる。

 ハマクマノミは1本線だと思い込んでいた頃に初めてこの3本線ハマクマノミチビを目にし、世紀の発見だとばかり思ったものだった。

 ところが実は、思いのほかちょくちょく観ることができるトリプルライン。

 やはりハマクマノミ自体の個体数の多さ…というか、タマイタダキイソギンチャクの多さの賜物なのだろう。

 とはいえ今でも、↓こういう状態の子に出会う機会はなかなかない。

 2本目の線が消失する寸前の子。

 さらにレアケースなのが、同じ立場と思われるチビが2匹いるシーンだ。

 おそらくこれは、繁殖ペアのオスかメスのどちらかが不慮の死を遂げてしまい、オスのポジションが空いているところに2匹のチビターレがたどり着いた…というケースと思われる。

 どちらもオスの座を狙えるポジションではあるものの、大きいほうがやはり優勢で、ひと月半ほど経った頃には体格差が顕著になっていた。

 大きいほうは尾ビレ上端の白線が消え、小さいほうは2番目の白線がほとんど消えている。

 この頃には大きいほうは「オス」の座にかなり近づいたらしく、小さいほうを追い払う様子も観られるようになっていた。

 姿を察知されると追い払われるから、小さいほうはイソギンチャクの片隅だけが居場所になる。

 そうはいってもメスが小さいほうのチビを追い払う行動はしていないところを見ると、まだメスとしては大きいほうのチビを正式に「オス」認定しているわけではなさそうで、これは何かあった時のために小さいほうを保険にしているということなのだろうか。

 今後この三角関係はどういう展開を見せるのだろう?引き続き経過を観察しよう…

 と思っていたのに、なんてことだ、それから半月ほど経って再訪してみたところ…

 イソギンチャクごとGone……(涙)。

 奥に縮こまっているわけではなく、周辺に移動した形跡も無し。

 他のイソギンチャクたちはみな無事だから、件のイソギンチャクにいったい何が起こったのかさっぱりわからないまま、経過観察は突如終了を告げられたのだった。

 一方、別のタマイタダキイソギンチャクでは、つつがなくペアで暮らしていたのに突然オスの姿が消えてしまい、それまでずっとイソギンチャクの触手の陰で長い下積み生活に甘んじていたチビチビがようやく時を得て、未亡人のパートナーとしての「オス」のポジションをゲットするに至っていた。

 ただいかんせん、もともとが居候身分のチビターレだったから、多少成長したといえどもまだメスとの体格差はかなりある。

 これじゃあハマクマノミの夫婦というよりもノミの夫婦だ…。

 来シーズンは繁殖ペアのオスとして大活躍できるよう、チビオスは冬の間にどれだけ成長できるだろう?

 ハマクマノミに注目する方々というと、スノーケラーや体験ダイバー、それにビギナーダイバーくらいのもので、ベテランになればなるほどダイバーは目の端にしかとどめなくなりがちだ。

 でもそれぞれの境遇ごとのチビチビの様子などを気にかけだすと、フツーにそこにいるハマクマノミを見る目もまた随分変わってくるはず。

 たかがハマクマノミ、されどハマクマノミなのである。