水納島の魚たち

ハナキンチャクフグ

全長 10cm

 シマキンチャクフグ(以下シマキン)ととっても似ているハナキンチャクフグ(以下ハナキン)。

 でもよく観れば、シマキンの黒帯模様はルパン三世のもみあげのように長く伸びているのに対し、ハナキンの黒帯模様はいずれもお腹まで達していないから、見分けるのは簡単だ。

 水納島ではシマキンと同じようにごくごくフツーに観られるフグだけど、シマキンが開けた場所にポツンといることがほとんどないのに、ハナキンは根から離れた転石混じりの砂底で、餌を求めながら気ままに泳いでいる姿をよく観る。

 似た者同士でトラブルが起こらないよう、うまく住み分けているのだろうか。

 そんなハナキンが、鼻歌を歌いながら(?)呑気に餌を啄みつつお散歩をしていた。

 ところが、その様子を撮ろうとしたワタシが彼の散歩を邪魔してしまったせいで、砂底から根のほうに移動し始めたハナキン。

 するとそこに、彼の接近を快く思わない者がいた。

 (ワタシのせいで)ただ通りかかっただけのハナキン(右)に対し、ベクトル不明の闘争心を示すシマキンである。

 わりと小柄な子だったけれど、この様子からするとオスなのだろうか。

 売られたケンカは買わにゃぁならぬ。

 ハナキンも、体を戦闘モードにチェンジ(体高を広げる)。

 火花を散らす両者。

 いよいよ戦いの火蓋が切って落とされるか!?

 …と思いきや。

 ハナキン、いきなり………

 まさかのおもらし。

 それも、シマキンが見ている前で、戦闘モードのまま。

 気合を入れすぎてしまったのだろうか。

 意表を突くハナキン攻撃に気勢をそがれたのか、シマキンはすべて見なかったことにしたかのように、その場をスーッと離れていったのだった。

 種類が異なるのだからもちろんメスを巡る争いのはずはなく、餌場もわりと住み分けている両者は、そもそも争う意味がない。

 そんな無駄な争いを避けるべく、咄嗟のウンチブリッだったのかもしれない。

 ハナキン、なにげに達人の域……。

 しかし、同種同士のプライドを賭けた争いとなるとそうはいかない。

 水深30mよりも深いところに広がる砂底まで、リーフ際から続く砂の急な斜面でのことだった。

 底から1mほど上で、2匹のハナキンが激しくケンカをしていた。

 ハナキンがそんな上層(?)を泳いでいることは滅多にないので、遠めながらやけに目立っていた。

 体格差があり、大きい方が優勢のようだったけれど、小さい方の闘志は満々。

 このまま逃げ去るわけではなく、振り向いては果敢に挑んでいた。

 1匹に注目してみると……

 シマキンとは違い、闘争時は口のすぐ下から体を伸張させるハナキンだから、ケンカしているときは体の輪郭がシマキンとは全然違って見える。

 それにしても、体が緑色っぽく見える。
 ストロボの光が届かないせいなのだろうか?

 尾ビレが切れてしまうほど近づいて撮ってみると…

 わっ、やっぱり緑っぽい。

 これがハナキンチャクフグの興奮色だったのか。

 でもフツーによく行く砂地のポイントで観るハナキンが、こんな色をしているのを観たことがない。

 環境の違いか?

 そんな猛々しいハナキンも、デートしているときは、実にホンワカしていて優しげだ。

 でもただのデートにしては、なんだか様子がアヤシイ。

 以下、一連の動きを……

 手入れするかのように岩肌に口を付けるメス、そしてそれをずっと見守り続けるオス。

 よく観ると、メスの体は緑っぽい。

 ちなみに普段は↓こんな色。

 ウム、通常とは明らかに違う。

 フグたちは他の魚に襲われることが(滅多に)無いから、日中にフツーに産卵するらしい。

 産卵の際にはオスも受精行動をとるので、この時はおそらくザ・産卵ではなかったはず。

 それでもいわくありげなこの一連の様子、きっと繁殖行動に関係があるに違いない。

 彼らの下腹部をよく観ると、卵や精子を出せる状態になっているような気も……

 このあともずっと彼らを観ていたら、もっとドラマチックなシーンが待っていたかも…。

 ともかくもそんなカップルの努力の甲斐あって、春頃からチビターレの姿が観られ始める。

 シマキンのチビターレが根の傍らなど大きなモノに寄り添うように暮らしているのに対し、ハナキンチビターレは、リーフ際から砂底に至るまでのサンゴ礫ゾーンの小さな石の陰などを隠れ家にしているようだ。

 このくらいのサイズで比べると、ハナキンのほうがシマキンよりも鼻づらが長く、あまり丸っこくはない。

 でも正面から見ると……

 やっぱりプリティ♪

 一方、やはり春にオタマサが出会った激チビターレは、まったく様相の異なる色合いをしていた。

 こんな色だと何フグなのかわかんないくらい。

 でも模様といい輪郭といい、ハナキンチャクフグですよね??

 追記(2020年5月)

 コロナ禍のためにたっぷりヒマがあった今年(2020年)5月に、ついにハナキンチャクフグの産卵を観察することができた。

 ややドロップオフ状になっている壁伝いに泳いでいたハナキンチャクフグのペア。

 夫唱婦随ならぬ婦唱夫随状態で行動を共にしている。

 メス(左)のお腹がポッコリしていることといい、そのメスはエサを探すというよりも何か場所を求めているような感じといい……

 これって、産卵前の行動かも。

 後ろについているオスは、ときおり周辺を警戒するように(ワタシに対しても)睨みを利かせていて、同じ白黒模様の魚(ヨコシマクロダイの若魚)を追い払うようにダッシュしかけたりと、メスに他のオスを寄せ付けない行動っぽいことをしている。

 これは観続ける価値あり。

 観ていると、ハナキンペアはなんちゃってドロップオフの岩壁の狭い範囲を、岩肌をときおりつついたりしつつ行ったり来たりしているうちに、やがてピタッと移動を止めた。

 メスの視線は岩肌のちょっとした窪みにくぎ付けだ。

 ここを産卵床として最適の場所と認定したのだろうか。

 すると……

 メスは藻に覆われている岩肌をつつき始めた。

 移動中は反応を示していなかったオスの下腹部は、ここに来て意味ありげに盛り上がってきている。

 この産卵床整備にもまた、けっこう時間をかけるメス。

 上記リンク先の動画で、メスが岩肌をつつこうとするたびに、オスがグッと近寄って来ることにお気づきだろうか。

 撮っていたワタシは気づかなかったため、次なるチャンスを思いっきり逃してしまったのだった……。

 そう、メスが産卵床の整備を終えると、いよいよ始まる産卵。

 オスはそのタイミングで、スーッと下腹部を近づけて放精するのだ。

 産卵床整備がまだ続くものと思って動画の撮影をやめ、肉眼で眺めていたら、おもむろに産卵行動のクライマックスが訪れた。

 オスはずっとこのタイミングを計っていたから、ソワソワしていたのだろう。

 このポーズは一瞬のことじゃなくて、実感5秒くらい続いていたから、咄嗟にデジイチを向ければ撮れたはず。

 ところが右手に持っていたコンデジで慌てて動画撮影……になってしまったのだった(そのため肝心なシーンが動画のキャプチャ画像に…)。

 あれほど献身的随身を見せていたのに、コトを済ませるととっととその場を去っていくオスって……。

 不思議なことに、ペアが寄り添っているときにだけ産卵しているのかと思いきや、どこかに消えてしまったオスをよそに、メスはその後もずっと腹部を産卵床にすりつけ、どう見ても産卵しているようにしか見えない動きをしている。

 これってすなわち、最初にタネをまいてから卵を投入ってこと??

 ともかくその後の動きも随分長かったから、今度はデジイチでも撮ることができた。

 下腹部から突出した輸卵管内包部を岩肌に擦り付けるような動きをするメス。

 真横から観ると、その部分がどのように出っ張っているかわかりやすい。

 前から観ると、そのお腹はまるでお尻のようになっている。

 合間合間に、口元を向けてなにやら確認するような素振りも見せる。

 そしてまた、下腹部擦りつけ動きをするメス。

 はたして本当に卵を産んでいるんだろうか。

 拡大。

 卵! (黄色いツブツブ)

 尻ビレをヒラヒラ動かしているためか、束の間宙に舞っている卵もある。

 卵の中をよく見ると、胚の存在がうかがえる。

 ホントに産んでたんだねぇ、ハナキンママ。

 というか、コトが済むととっとと去っていったオスは、その後一度も戻ってこなかった。

 時代に逆行したアンチイクメン!

 メスのこの行動もまた随分長く続いていた。

 彼女が去ってから産卵床をアップで撮りたいと思っていたのだけれど、あまりにも長いものだから、すでに減圧表示状態、しかもエアーも残り少ないとなれば、水深20mにそのまま留まっているわけにはいかなかった。

 なにはともあれハナキン生産卵初遭遇。

 産卵床物色中から産卵に至るまで、さらにその後も入れるとタンク丸々一本分になってしまうこういうシーンは、一般的なファンダイビングではまず観ていられない。

 そのためシーズン中は、「おっ?」と思う行動は観られてもそのままずっと観察できないもどかしさを感じることばかりなのだけど、いやはや、ヒマなおかげでじっくり観ることができた。

 肝心のシーンは動画キャプチャーだけになっちゃったけど、新型コロナよ、貴重な時間をありがとう。