全長 7cm
「レアもの信仰」信者は、「フツーに観られる魚」には興味がない。
そのためこの可憐で美しいハタタテハゼも、潜水回数が多い信者ほどあまり相手にしなくなる傾向にある。
なにしろ探すまでもなく出会うことができるほど数が多い。
そのため変態社会ではさほど人気がないハタタテハゼ。
でも普通に素直にじっくり観れば、ハタタテハゼはとてもきれいな魚だ。
小さな写真で見るだけだと、単に白と赤のツートンカラーに見える。
けれど近くから観れば、特に上半身は実に多彩であることに気づく。
頭部は黄色く彩られ、目元にはアイシャドー、そして体には煌めくスパンコールが。
背ビレもただ白いだけじゃない。
一方下半身は、南国の荘厳なる夕景のような、赤のグラデーションが美しい。
こんなに可憐できれいなハゼなのに、その近縁の仲間にこれまた美しいアケボノハゼやシコンハタタテハゼが「レアもの」として君臨しているために、フツーに出会えるハタタテハゼは、レアもの教信奉者にとってどうしても「目の端フィッシュ」になってしまうのだった。
目の端から真ん中にもってきてみると、ハタタテハゼのオトナはいつも仲良くぺアでおり、底から10〜20cmほどのところでホバリングしながら、ツンツンと背ビレを震わせている。
もっとも、彼らはただホバリングしているだけではなくて、流れてくるプランクトンなどをしょっちゅうパクパクしている。
なのでハタタテハゼを撮っていると、ときどきパクついてる瞬間にビンゴ!ということもある。
色彩の可憐さのわりに、人相はあまり良くないかも……。
パクつくときはこの程度ながら、これがアクビとなると……
百年の恋もいっぺんに覚めちゃう波動砲になる。
とはいえハタタテハゼを観ているときに最も目につくのは、もちろんながらその背ビレ。
その名のとおりピンと立っている背ビレは、雌雄でフォルムに違いが無い。
また、この背ビレがオスやメスのなにがしかの優位性を誇るナニモノかであるわけではないようで、背ビレが欠損していてもフツーに元気に暮らしている。
↑この子はまだ真ん中くらいまで残っているだけいいほうで、なかには↓こんなことになっている子もいる。
見栄えは悪いものの、この子もまた元気に暮らしているし、背ビレが短くなってしまっている子も、ちゃんとペアになっている。
ハタタテハゼの場合、こういうディテールの話になると避けて通れないものがある。
パラサイトだ。
一見なにげないペアの写真のように見えるけれど……
左側の子のエラのあたりは……
ヒエ〜〜〜〜〜ッ!!
思わず寒イボが出てくる事態になっている。
水温の低い時期に代謝が落ちている頃に狙われるのだろうか、この状態になっているのは、春先から初夏にかけて見る機会が多い。
水納島ではハタタテハゼ御用達ってくらい限定的に、ハタタテハゼのこの部分についている。
そうと気づかず、ハタタテハゼのペアの写真を撮ろうと粘って粘って、ようやく撮れたペア写真の片側にコイツがついていた……ということも(オタマサのような一部の変態社会人を除き、一般的にはキモチ悪がられますからね)。
寄生虫をじっくり観たいという方は限りなくマイノリティだろうけれど、ともかくもハタタテハゼとお近づきになりたい場合、ウカツに無遠慮に近づくと、すぐ真下にある巣穴へピュッと逃げ込んでしまうから、そっとそっと近づいてあげよう。
ちなみに巣穴に逃げ込む際、先に逃げるのがオスなのだそうだ。
外見では違いがわからないものの、繁殖期になるとメスのお腹が膨れていることがあるから、外見でもわかることがある。
巣穴に逃げる際、この子があとに残されるのか、それとも先に逃げ込むのか。
じっくりチェックしてみてください。
ところで、ハタタテハゼのペアがどのように産卵するのかまったく知らないけれど(飼育環境下では、岩肌に卵を産み付けるらしい)、毎年春から初夏にかけて、リーフ際の浅いところなどで幼魚の姿が目につくようになる。
これで3cmくらい。
オトナに比べると実に薄幸そうなたたずまいで、スパンコールなどの飾りつけは一切ないチビ。
しかしこれでも随分オトナに近くなっているほうで、もっとチビチビだとこんな感じ。
15mmほどのチビターレ。
ようやく赤く色づき始めました…というほどの儚げなこの姿を見れば、可憐なオトナでさえたいそう逞しい姿に見えてくる。
これくらいのチビターレはもちろん、3cmくらいまではてんでバラバラに単独でいることが多く、実に弱々しげに見える。
けれどもう少し成長すると、特に岩場のポイントのサンゴ礫底などハタタテハゼの個体数が多いところだと、チビたちが10匹くらいひとつの巣穴で暮らしていることもある。
この状態から、どのようにしてペアになっていくのだろうか。
ちなみにハタタテハゼは共生ハゼではないから、オトナも子供も巣作り担当のエビたちと暮らしているわけではない。
にもかかわらず、それぞれのペアはちゃんと自分たち専用の巣穴に住んでいる。
サンゴ礫が溜まっているような広場では、1mくらいの間隔でそこらじゅうハタタテハゼのペアだらけというところもあるというのに、彼ら全員にもやはりマイホームがある。
この巣穴、いったい誰が作ったのだろう?
何か他の生き物の空き家利用なのだとしたら、あまりにも都合よくあちこちに空き物件がありすぎのような気がする。
セッセと自分たちで巣作りしているのだろうか。
それとも、ハタタテハゼの仄かな美しさに打たれたエビが、ボランティアを買って出ていたりするのだろうか。
< それはない。
昔から観賞魚としても人気がある魚だから、飼育指南情報も多いのだけど、不思議と巣作りに関する話は無く、水槽内に巣穴にできるよう岩などを配置するものらしい。
ということは自然下でも、巣穴にできそうな空隙をうまく利用しているだけってことなんだろうか。
たしかに、オトメハゼのような土木作業(?)は似合わないものね、ハタタテハゼ。
※追記(2020年3月)
この稿をアップして早々、潜るたびにハタタテハゼに注目してみたところ、夏と違い、春は思いのほかハタタテハゼたちがペアになっていないことに気づく。
2匹が一緒にいるからペアだとばかり思って近づくと、それぞれの巣穴が別々だったりするのだ。
ひょっとしてハタタテハゼのペアって、ひと夏の恋なんだろうか。
それとも、伴侶を不慮の事故で失ってしまったのだろうか。
理由は不明ながら、意外に冬から早春は単独でいる子が目立つことに気がついた次第。
それでもちゃんとペアになっているものたちもいる。
ホバリングして餌を食べている間はなかなか2匹が寄り添ってくれないのだけれど、たま〜にアツアツぶりを見せてくれる。
ツーーー……とパートナーに近づいたかと思うと、そっとなにやら耳打ちする。
でもお相手の反応はイマイチだったらしく、さらにおねだりするような仕草を見せる。
それでもやっぱりつれない反応しか見せてくれなかったようで、ついに彼女(彼?)は「モォーッ!」とばかりにブーたれるのだった。