全長 7cm
リーフ際の、多数転がる死サンゴ石の隙間やサンゴの裏側などで、チラホラ見え隠れするヒメニセモチノウオ。
漢字の「姫」には、一般的な「お姫様」のほかに「小さくてかわいらしいもの」という意味もあるそうで、魚の和名に付けられている「ヒメ」も、ほとんどが本家に対するそういった意味なのだろう。
ところがヒメニセモチノウオの場合、オトナのサイズは本家ニセモチノウオよりもずっと大きい。
いったいどこが「ヒメ」なんだろう?
ひょっとすると……顔?
たしかにその顔は、ニセモチノウオに比べれば遥かに優しげで、「お姫様」っぽいかも。
色味は肉眼で観る色彩に比べ、ストロボを当てた写真で観る実際の色はけっこう赤みがあり、派手さは無いものの意外に美しい。
サンゴの枝間に居るニセモチノウオは、とりあえずチョロチョロと目に入る魚であるのに対し、残念ながらこのヒメニセモチノウオは、住処が住処だけに、注目を集める機会はほとんどない。
あえてこの魚を指し示すガイドもそうそういないであろうことを考えると、その存在すら知らない人も多いかもしれない。
少なくともワタシは、ダイバー同士の会話の中でヒメニセモチノウオが出てきたことを、この四半世紀の間で一度も耳にしたことはない。
そんな魚を写真に収めているヒトも少ないだろうから、世に出回っている写真の量という意味では、ヒメニセモチノウオはまぎれもない「希少種」なのである。
せっかくだからそんな「希少」写真を並べてみると……
どれを撮ってもみんな同じ色味なのかと思いきや、濃かったり淡かったり、体にうっすらと白い帯模様が出ていたりと、体色にはいろいろと変化があることを知る。
雌雄差やその時々の気分で色が変わるのだろうけど、傾向としては、大きくて色が濃いものがオスで、淡い色彩の小柄な子がメスっぽい。
オスが縄張り内に複数のメスを囲っているいわゆるハレム状態の暮らしを送っているものの、雌雄の区別がハッキリするのは、やはり産卵行動の際だろう。
※追記(2021年1月)
コロナ禍で随分時間があった2020年シーズンは、世の中が緊急事態の自粛下であるのを勿怪の幸いとし、久しく縁が無くなっていた夕刻の海を楽しむ機会も得ることができた。
初夏の日没前後といえば、いろんな魚たちの繁殖行動が観られる魅惑の時間帯。
このヒメニセモチノウオも例外ではなく、日中はすぐに物陰に隠れてしまう彼らなのに、海底付近でアヤシイ動きを見せていた。
なにやら周囲にアピールするように、1匹がクイックイッと体を持ち上げる動きをしているのだ。
きっとメスを誘っているに違いない。
そばにはお腹がポッコリ膨れたメスがいた。
これまた明らかに産卵に至る前触れだ。
しばらくそのまま見ていると、オスはそのメスにアピールしたかと思うと1mほど離れた別のメスのもとでも同じようなことをし、また帰ってきては最初のメスに対する。
焦らすことによってメスの気持ちをグーンと盛り上げようということだろうか。
やがてオスとメスが、意味ありげに行動を共にし始めた。
標高(?)30cmほどのコブハマサンゴの天辺付近に至り、なおも上昇気配を見せるペア。
かつてニセモチノウオの産卵を観たことがあるから、彼らが他のもっと大きなベラのように産卵のため遥か中層まで行ったりはせず、産卵時の上昇する高さはほんの少し、ということは知ってはいた。
で、ここからその産卵に至るに違いないと確信し、チャンスを逃すまじとばかりに待ち構えていたところ……
上昇開始!
さあ、ここから産卵の瞬間!
…と思ったら、
シュッ……
と、目にも止まらぬ速さで産卵終了。
あっという間の出来事だったのに、ポッコリ膨れていたメスのお腹は早くも通常フォルムに戻っていた。
彼らの産卵の瞬間は、動画じゃなきゃ無理…。