全長 5cm
サンゴの合間や岩陰から出たり入ったり、いつもチョコマカ泳いでいる小さな魚、ニセモチノウオ。
モチノウオと呼ばれるグループ同様、ニセモチノウオ類もベラの仲間たちで、やはりその動きはベラ、素早い。
そのためそもそもじっくり観る機会はそうそうないし、他にいくらでも煌びやかな魚たちがいるなかで、なにもわざわざチョコマカ泳ぐこの魚に注目しようなんていうもの好きな方はあまりいない。
それでもあえてわざわざじっくり見てみれば、実はかなり美しい魚であることに気づく。
ただし、傍らの他の魚に注目しているときは平気ですぐ近くまで寄ってくるくせに、いざ注目しようとすると、サンゴの枝間を縫うようにして逃げてしまうニセモチノウオ。
例えば↓このようにホシススキベラに注目しているときには、視線の先のすぐ近くに平然といるくせに……
…視線を向けるとすぐにその気配を察知して物陰に隠れながらその場を去っていくのだ。
しかしだからといって気弱な性格かというとそういうわけではなく、縄張り内に他の魚が入ってきたりすると、かなりムキになって追い払うほど気は強い。
↑これは、集団でのんきにやってきたテングカワハギチビターレたちに「喝ッ!」を入れているところ。その勢いに、テングカワハギも思わずヒレを立ててのけぞっている。
そのナワバリをめぐってオス同士が争っていることもあれば、ナワバリ内のメスにオスがアピールすることもある。
チョロチョロチョコマカしているだけに見えて、そこにはオスとメスたちのドラマが繰り広げられていたりするのだ。
1匹に注目していると、食事をしている様子を観ることもある。
その体つきから小ぶりなおちょぼ口をイメージしていたら、意外に開く口で猛々しい食いっぷり。
それもそのはず、彼らはもっぱらサンゴの枝間などにいる甲殻類をエサにしているそうで、れっきとしたプレデターなのである。
彼らの枝間チョコマカには、ちゃんと意味があったのだ。
※追記(2021年8月)
昨年(2020年)の初夏は同じくコロナ禍中の今年以上にヒマヒマだったおかげで、長い間ご無沙汰していた夕刻の海を潜る機会が何度もあった。
もっぱら日没前後に産卵をするタイプの魚たちの産卵行動をいろいろ観られて楽しかったそのひとときに、ニセモチノウオの産卵を目にするチャンスが訪れた。
ニセモチノウオの産卵は、20年くらい前に一度観たことがあったはずなんだけど、朧げな記憶では産卵直前の様子しか覚えていない。
たしか、普段より10cmほど上にペアでいたんだけど、はてさて、そのあとどうなるんだったっけ?
すでに太陽は水平線の向こうに沈み、ライト無しだとかろうじてものの存在がわかるくらいに暗くなってきたときのこと。
ハナヤサイサンゴの群体の上に、ニセモチノウオのペアが意味ありげにフワッと浮いていた。
おお、これは間違いなく産卵直前モード!記憶にあるシーンとまったく同じだ。
このあとに起きる産卵の瞬間を逃すまじとばかり、赤色ターゲットライトを軽く当てながらカメラを構えていたところ……
シュッ……
え?
「あっ」という間すらない完全無欠の刹那に、ニセモチノウオたちは産卵を終えてしまった。
どうやら20cm前後ほど上昇して産卵・放精をしたようなのだけど、残像すら残らない電光石火の早ワザだ。
残像すらないのだから、20年前のそのシーンが記憶に残っているはずはなかったのだった。