全長 8cm
I.O.P.DIVING NEWS(伊豆海洋公園通信)という、知る人ぞ知るマニアックなお魚情報誌がかつてあった。
ネットで何でも情報が入ってくる現代社会とは違い、一般人が最新の魚の情報など手に入れようがなかった当時、新たに発見された魚や新種記載された魚、和名が付けられた魚などの情報が毎号掲載されているかなりマニアックな内容の定期刊行物だ。
一般社会的には「囲碁ジャーナル」よりも遥かに認知度は低かったろうけれど、一部マニアックダイバーにとっては、「デザインのひきだし」と同じくらい、毎号売り切れ必至のメジャーな雑誌だった。
なんと冒頭の写真は、一度その雑誌の表紙(今月の魚)を飾ったことがあるのだ。
何を隠そう、ワタシもマニアだったのだ。ムハハハハハ。
なんの変哲もない地味なこの小魚が、何ゆえそのようなマニア誌に登場したのかというと、おいそれとは観られない珍しい交雑個体だからにほかならない。
交雑個体とはいうまでもなく種が異なる雌雄の交配によってこの世に出てきた生き物のことで、自然界ではそれを未然に防ぐ工夫が働いていることもあり、滅多に起こらないという。
ただし魚の場合はややその頻度が高いのか、チョウチョウウオやキンチャクダイ、ベラの仲間では、各種交雑個体がわりと知られている。
にもかかわらず、写真のようなソメワケベラとスミツキソメワケベラとの交雑個体というのは超絶的レアケースなのだ。
そんなに珍しい魚、いったいどこにいたのかというと、そりゃもちろん訪れる人とてないディープな海底……
…ではなくて、なんと驚くなかれ、水納ビーチの遊泳区域の範囲内である。
当時はまだビーチの遊泳区域内のユビエダハマサンゴの群落も元気で、水もとてもクリアだったから、今じゃ考えられないくらいに我々は暇に任せてちょくちょく写真を撮りに行っていた。
この魚を発見したのも、そんなヒマなときだった。
ひと目で交雑個体であると確信したワタシは、出会えた興奮に体を振るわせつつシャッターを押していた。
水納島ではスミツキソメワケベラが観られないこともあり、当初はソメワケベラとホンソメワケベラとの交雑個体かと思っていたのだけれど、I.O.P.DIVING NEWS誌に当時携わっておられた瀬能さんから、上記のとおりご教示をいただいた次第。
ただ残念ながら、当時は魚に興味を持っているダイバーが今の世ほど多くはなく、ウェブサイトのような便利な発表の場もなかったので(当サイトは1998年に開設)、そのヨロコビはワタシの半径5m以内に立ち入った方にしか伝わることはなかった。
そんな行くアテのないヨロコビが伝わった数少ない方の一人に、大御所水中写真家の大方洋二さんがいる。
ワタシの以前の仕事でお付き合いがあった関係で、我々が水納島に越してきてからしばらくの間、すなわち20世紀後半の数年間、毎年遊びに来てくださっていたのだ。
当時からすでにもう魚たちの生態写真といえば大方さん、と誰もが知っているほどの方だから、こういうヨロコビを伝えるにはうってつけである。
が。
さすがプロ、そしてB型。
我が目でキチンと認識するまでは、ヌケ作のフシ穴(ワタシのことね)の戯言はあくまでもタワゴトととしか受け取られていなかったことがわかった。
というのも、水納島ご滞在中の彼にこの交雑個体の存在を伝えた際には反応が今ひとつだったのだけど、1〜2ヵ月後に再訪されたとき、ビーチで潜り終えた大方さんが一言。
「すごいの見たよ!!」
え?どんな魚です?
「ホンソメワケベラの交雑個体!!」
だから先日一生懸命説明したのにぃ………。
ご丁寧にも大御所は後日プリントした写真を送ってきてくださったので、その後長きに渡り、ゲストが撮影された写真を集めたアルバムにて、大御所大方さんが撮影されたこの魚の写真を誰でも閲覧することができていた。
が。
そのアルバムも、2011年のストロング台風にて旧我が家が被災した際、IOPニュースのバックナンバーとともども旧我が家と運命を共にしてしまった。
超絶レアな交雑個体が観られたのはその年かぎりのことで、栄えある(?)掲載誌も無い今となっては、当時撮った数少ないポジフィルムに記録が残るのみ。
記録も記憶も消えてしまわないうちに、ネット上に残しておこう。
今回久しぶりに過去のポジフィルムを探してみたところ、当時撮影できた数少ないフィルムの中には、メギスをクリーニングしている写真もあった。
やはり腹ビレ絶妙タッチは欠かせないらしい。
せっかくだから、別カットも。
そのレア度に鑑みても、おそらくは一期一会、再会のチャンスはそうそうあるとは思えないから、このフィルムたちは大事に保管しておこう。