全長 2cm
いずれも前世紀のことながら、このハゼ発見に先立つこと1年前に、ナカモトイロワケハゼに出会っていた。
それは普段行かないような深いところで、朽ちた空き缶を住処にしていた。
その後、深場でこのテのハゼたちの住処になってそうなものを目にすると、手当たり次第に覗いては、黄色い小さなハゼを目にすることがしばしばあった。
とはいえ彼らの居場所は深いところなので、頻繁に粘るのも体に悪いから、黄色い小さな姿をチラッと見ても正体をじっくり確認することはせず、「あ、またナカモトか……(当時は名がついてなかったけど)」だけで済ませ、エキジット後に他の面々にその旨を報告するだけに留まっていた。
すると、まだつぶさにナカモトを見たことがなかったドレイ(2000年当時)よいち氏が、是非見たい、撮りたいという。
場所を知らせたところ、さっそく現地に赴いた彼は、戻ってからボソッとつぶやいた。
「……なんか(ナカモトイロワケハゼとは)違うっぽいですよ」
後日現像された彼の写真を見せてもらったところ、これまで(図鑑でも)目にしたことがないハゼだった。
たちまち色めき立ったワタシは、その写真をスキャンさせてもらい、さっそく瀬能さんに連絡をとった。
すると…
「画像、拝見しました。
ミジンベニハゼ属の日本未記録種で、Lubricogobius ornatusという種です。
ミジンベニハゼ属については、ハワイのビッショップ博物館のランドール博士と共同で、何年か前に石垣島で見つかった白と黄色の塗り分けのミジンベニハゼ属の未記載種、そしていわゆるミジンベニハゼをあわせて分類学的再検討を行い、今年中には学会誌に報告する予定です。
今回の種類は標本が沖縄島で採集されており、写真はこれまでに奄美で撮影されています。
海外ではニューギニアやベトナムで見つかっています。
産卵は巻き貝の殻を利用して行うようです。」
と、例によって詳しいご教示をいただいた。
当時(2000年)すでに活発化し始めていた変態社会では、とっくに既知のハゼだったのだ。
しかも驚いたことに、奄美で撮影された写真は水深8mとなっていた。
なんで奄美では8mなのに水納島では40mなんだよぉ………。
というわけで新種発見と思い込んで付けた「ヨイチベニハゼ」というクロワッサンネームは、付けたとたんに儚く霧消。
後日ワタシも現場を訪れ、パシパシパシと何枚か撮った。
この写真は天地が逆なのではなく、防空シェルターのように砂底に鎮座している鉄板のようなものをおうちにしているイレズミミジンペアが、その天蓋に逆さ向きにピトッとくっついているところ。
その後晴れてイレズミミジンベニハゼという立派な名前がついて、今や誰もが……もとい、変態社会に住まう誰もが……知るところとなっている。
どこまでホントかわからないけど、聞くところによると彼らは本来は内湾性の魚のようで、住処にしているのはもっぱら貝殻などで、転がっている空き缶とか鉄板などの人工物も巧みに利用しているようだ。
しかしそういった脆弱な生活基盤は、穏やかな内湾だからこそ通用するのであって、外海で同じような生活をしていると、台風を始めとする環境の変化でいともたやすく崩壊してしまう。
水深40mといえど台風時のストロング波濤の影響は受けるし、砂がほんの少し移動するだけで、彼らの住処は埋まってしまうのである。
写真のカップルのスウィートホームも、砂中に没してしまったのか、ハゼともどもその後すっかり姿を消した。
その後再会までは、13年の時を要した。
ただしナカモトイロワケハゼと同じく、イレズミミジンベニハゼもまた、春になると若い個体が姿を現すことが近年わかってきた。
自然のチカラ矮小化ラブな業界ではこのハゼもまた瓶漬け(?)にして培養しようとしているようながら、ナカモトイロワケハゼが瓶漬け誘導によって浅いところでも観られるようになっているのに対し、イレズミ君はたとえ瓶でも深いところ限定のようだ。
奄美の8mって、なぜ??
彼らの出現地帯サーチを春〜初夏のルーティンにしているオタマサによると、イレズミミジンベニハゼはナカモトほど毎年コンスタントに観られるわけではないようだ。
それでもやはり、様々な拠り所に住まう イレズミミジンベニハゼを撮影している。
水深32mに転がっていた沈木についていたイレズミ(1cmくらい)君は、よいち氏の発見以来13年ぶりの登場だった。
2017年5月には、水深35m〜38mの間で都合3匹観られたイレズミ。
しかもこのうちの1匹はカイメンが付着している小岩にいたそうで、そこにはナカモトイロワケハゼまでいたという。
自然矮小化サービスが瓶詰めにしてゲストに見せる変態社会御用達の2種のハゼが、共に住まうカイメンだなんて……。
なんというミラクル・スポンジ。
これらはいずれも水深30m以深でのことで、それより浅いところではイレズミミジンベニハゼは観られない…
…と思いきや。
今年(2020年)5月に出会ったイレズミミジンベニハゼは、握りこぶしほどの大きさの石で暮らしていた。
石と砂底との間に空いた隙間をおうちにしているらしい。
イレズミミジンベニハゼウォッチャーのオタマサによると、5月に出会ったイレズミでは過去最大だそうな(2cmくらい)。
しかもこの小石は、水深28mの砂底に転がっていたのだ。
奄美における水深8mには遠く及ばないにしても、水納島で観られたイレズミミジンベニハゼでは最浅記録である。
ここにせめて数か月ほどでも居続けてくれれば、ゲストをご案内することも可能なんだけどなぁ…
…という期待は、その後やってきたプチ時化であっという間に雲散霧消。
水深28mのイレズミミジンベニハゼは、小石ごとすっかりGoneとあいなったのだった。
そのひと月半後、7月早々のこと。
オタマサがカメラを携えて潜っていると、砂底にマスクがポツンと落ちていたという。
海底の住人になってからかなり時が経っているようで、すでにいろんな付着生物がついている。
さらにじっくり観てみると……
マスクの鼻の窪みの部分に、黄色い影が。
ひょっとして……
ひょっとした。
この窪みがちょうどいいおうちになっているようだ。
これは水深30mで、ファンダイビングでもギリ訪れることは可能ではある。
でも、数日前に何も無かったところに突如出現した苔むしマスクが、いつまでも同じ場所にあるはずもなし。
マスクともども、これまた一期一会になりそうだ。