水納島の魚たち

イトヒキベラ

全長 10cm

 イトヒキベラといえば温帯域に適応した種類で、沖縄やもっと南洋の海には分布していないもの…と、ひと昔前までは考えられていた。

 ところがその後、沖縄やその他南洋の諸地域で、これまでゴシキイトヒキベラと思われていたもののなかに、イトヒキベラが含まれているのではないか…という話が、ベラ変態社会から出てきた。

 その後長い間詳細は霧の彼方のままだったので安心していたところ、いつの間にか世の中では、イトヒキベラに沖縄タイプとフィリピンタイプなる2とおりの南洋型があるという話がまかり通っていた……

 …という話は、ゴシキイトヒキベラの稿で触れた。

 ではいったいぜんたい、ゴシキイトヒキベラとどこでどう見分けるのか。

 色味の違いには個体差があるから、見分ける際にはあまり参考にはならない。

 注目すべきは、胸ビレの上側を通るライン。

 ゴシキイトヒキベラがまっすぐなのに対し……

 イトヒキベラのそれは、胸ビレ基部を避けるようにして、クイッと急カーブを描く。

 ここまで明確だと海中でもけっこう区別がつくこの見分け方に準ずると、↓これも…

 ↓これも……

 イトヒキベラということになる。

 なんてことだ、これまでずっと「ゴシキイトヒキベラ」と信じて撮った写真のうち、半数以上はイトヒキベラではないか。

 もっとも、なかには↓このようにどっちなんだかビミョーな子もいる。

 そのあたりはベラ変態社会においてもハッキリしていないようで、沖縄タイプ(変態社会の正式(?)名称は、大隅・琉球タイプというらしい)は、ゴシキイトヒキベラとイトヒキベラが交雑を繰り返すことによって、複雑化しているのではないかという話にまでなっている。

 たしかに両者は暮らしている場所が同じで、泳ぎっぷりもメスへのアピールの仕方も同様ときているから、ひょっとすると本人たちにも区別がついていないのかもしれない。

 なので同じ場所にいる両者のオスが、まるで同種のオスを相手にしているかのように互いの威勢を誇り合う姿も観られる。

 個人的キセキのツーショットの手前がイトヒキベラで、奥がゴシキイトヒキベラ。

 興奮している時はこのような色になっているけれど、その直前はひとつ上の矢印がついている写真のような色合いだ(同一個体です)。

 それはともかく、オス同士がこうして張り合っているってことは、互いのメスに対してもアピールを繰り返しているのだろうし、勢い余って産卵まで達していることも容易に想像できる。

 ちなみに、イトヒキベラ@沖縄のメスは、こんな感じ。

 そして同じ場所で一緒にいるのは…

 ゴシキイトヒキベラのメスとされている子。

 姿形も暮らしぶりのそっくりな両者が、オスもメスも同じ場所にいるとなれば、そりゃ交雑も頻繁に起こっていることだろう。

 イトヒキベラもゴシキイトヒキベラと同じく、メスに対して求愛する際には胸ビレをすぼめ、高速泳法で激しくアピールする。

 このような状態になっているときのイトヒキベラはかなりテンパっていて、ただでさえ高速泳法なのに、高速ターンも加わってより一層素早い動きになっている。

 ゴシキイトヒキベラにしろイトヒキベラにしろ、けっして珍しいわけではないんだけど個体数は少ないから、いるとついつい注目してしまう。

 その際それがイトヒキベラかゴシキイトヒキベラか、なんてことにばかり気を取られていると、彼らの美しい姿やカッコイイ雄姿、それに面白い動きを見逃してしまうことになりかねない。

 種類がどうか、なんてことは専門家に任せ(どうせ10年後の図鑑では、きっとまた違ったことが述べられているのだから)、彼らの美しさに見とれていたほうがずっと楽しい。

 で、そういうあなたはどっちなの??

 ああダメだ、やっぱりついつい知りたくなる……。