全長 10cm
最初にお断りしてかなければならないことがひとつ。
山と渓谷社から97年に刊行された日本の海水魚という分厚い生態図鑑には、大方洋二さんが当時水納島で撮影されたゴシキイトヒキベラの写真が掲載されている。
ところがその後、ベラ変態社会の一部から、あの魚はイトヒキベラなのでは?という声が上がり始めた。
当時一般的には、イトヒキベラは伊豆など温帯域に生息するベラで、沖縄では観られないものという扱いだったから、それはそれで新知見になりそうな気配も漂っていた。
その後長く「精査」の時代が続いていたのか、白黒ハッキリしないまま時は流れていたのだけれど、2016年に刊行されたベラ・ブダイ図鑑では、イトヒキベラたちが沖縄やフィリピンなど南洋にも生息していることが詳らかにされた。
そしてそのオキナワタイプと認定されているイトヒキベラは、なんともまぁゴシキイトヒキベラそっくり。
図鑑で図示されている見分け方にしたがうなら、上の写真の場合は手前がイトヒキベラで、奥側がゴシキイトヒキベラということになるようだ。
とはいえなかにはどっちつかずの微妙なタイプもおり、海中で瞬時に見分けられない場合もある。
なので、ここでゴシキイトヒキベラと紹介している写真の中にはイトヒキベラが混じっているのかもしれないけれど、いずれにしても観られる場所や行動などはほぼ同じだから、それらをすべてひっくるめて、「(ひょっとするとイトヒキベラかもしれない)ゴシキイトヒキベラ」ということでご了承ください。
というわけで、ここではあくまでもゴシキイトヒキベラ扱いで話を進めることにする。
もっとも、話をどう進めようとも、イトヒキベラ類たちは一部のマニアックな人たち以外にはあまり相手にされていないから、おそらくまったく支障はないと思われる。
なにしろイトヒキベラの仲間たちはいつもスイスイスイスイ泳いでいるため、ゲストとしてはガイドに指差されてもどの魚だかわからないし、写真を撮ろうにも動きまくるのでそうそう撮れるものではない。
水納島で最もフツーに観られるクロヘリイトヒキベラは、そういう理由でスルー率が絶えず100パーセントに近いのだけど、水納島の砂地のポイントの場合、そんなクロヘリイトヒキベラがたくさん泳いでいるところをよく見てみると、クロヘリイトヒキベラとはちょっと違うイトヒキベラの仲間が紛れ込んでいることがある。
それがこのゴシキイトヒキベラ(とイトヒキベラ)だ。
クロヘリイトヒキベラの群れのなかに、ゴシキイトヒキベラは1匹いるかいないかくらいの数しかいないから、その出会いは貴重といっていい。
ただしゴシキイトヒキベラの魅力は、ヒレ、特に腹ビレをビヨ〜ンとたらしてこそ。
ヒレをすべてすぼめた状態しか観ていないと、とっても残念なことになる。
せっかくゴシキイトヒキベラと会えたならば、やはり腹ビレを長く垂らしている姿を目にしなければ。
印象が全然違ってくるでしょう?
泳ぎ回っているときはヒレを閉じているときが多いけれど、ずっと見ていると、ときおりこうして全開にしてくれる。
また、メスに対して、もしくはライバルのオス、または別種のイトヒキベラ類に対するときは、こうしてヒレを広げたまま泳いでくれることもある。
メスに対して本気で求愛するときには、腹ビレはすぼめて高速移動態勢になっており、より一層素早い動きでメスの周りを激しく泳ぐ。
おもしろいことに、ハナダイ類のプロポーズ泳ぎはメスのもとへ急降下しては上方にUターンする動きなのに対し、彼らはメスのそばに来ると、激しく急上昇してはUターンして下降する動きを繰り返す。
そういえば、他の多くのベラ類でも、メスを誘う際に同じような動きが観られるっけ。
でもヤマブキベラなどリーフ際にいるベラ類やブダイ類が昼日中でもあたりかまわず産卵するのとは違い、イトヒキベラ類の産卵は夕刻〜日没くらいだよなぁ……。
かつてクロヘリイトヒキベラが夕暮れ少し前くらいの午後遅い時間に、集団で産卵ショーを繰り広げたのを観たことがあるし。
…と思い起こしながら観ていたワタシの目の前で、ゴシキイトヒキベラのオスはメスとともに急上昇、そしてなんと産卵に至った。
あれ?
こんな真昼間から?
ちなみにお相手のメスはこんな感じ。
ゴシキイトヒキベラは個体数が少ないからか、わりと小さいうちからメスは性成熟していて、この子などはオスに比べると半分ほどのサイズしかないのに、健気にしっかり産卵していた。
この状態ですでに成熟したメスなのなら、↓この子はどっちなんだろう?
二次的なオスになる途上のメス、もしくはまだメスの名残りを残したオスってところだろうか。それとも実はイトヒキベラとか?
オスはオスで、その色彩には個体差があるようで、こういう子も目にしたことがある。
これもゴシキイトヒキベラですよね?
海中で肉眼で観る彼らはさほど目立たないけれど、光を当てた写真を観れば、その名のとおり五色に染まっていることがよくわかる。
その美しさに気づいた瞬間、あなたも「マニアック」ダイバーの仲間入りだ。
ちなみに、健全社会に生きるゲストに、ワタシがこの魚をガイドすることは稀である。
ご覧になりたい場合は、その旨前もってお伝えください。< そういう場合に限っていなかったりする。