全長 8cm
ダイビングに慣れるにつれて、目に入ってくる生き物たちの数が増えてくる。
それまで岩としか思っていなかったものが魚であったり、コケと思っていたものがエビであったり。
その都度新しいオドロキと興奮に包まれて、ダイビングがますます楽しくなってくる。
そのような余裕が生じれば、生き物探索にも力が入る。
石の下や岩の隙間など、これまで素通りしてきた細かい場所にも目を向けるようになる。
中でもサンゴの隙間は、格好のウォッチングゾーンだ。
風景写真を彩るそれぞれのサンゴたちをつぶさに見ると、その隙間には小さな生き物たちがひしめいているのだ。
このカスリフサカサゴは、サンゴ礁が健全な潮通しのいい場所であれば、ダンゴオコゼが住処に選ぶのと同じ、ヘラジカハナヤサイサンゴというわりと枝間の広い大ぶりな枝サンゴを覗くと、簡単に見つけられる(ダンゴオコゼよりも外側にいる)。
もっとも、伊江島の北側のリーフのような思いっきり外洋に面して潮通しがいい環境のほうが好きらしく、かつて伊江島のリーフ上で見かけた数に比べると、水納島で出会うカスリフサカサゴの数はかなり少ない。
それでもけっしていないわけではないから、リーフエッジあたりでヘラジカハナヤサイサンゴを覗き回れば、そのうち必ず会える(はず)。
それくらいフツーに見られるカスリフサカサゴなんだけど、今の世の中ならともかく、扱う種数がかなり限られていた昔の図鑑には、その名は載っていなかった。
そのため当時初めてこのカスリフサカサゴを海で見つけたとき=探せばちょくちょく見つけられるということをまだ知らないとき、たいていのヒトが
「いったいコイツは何だ、新種か?」
という具合に、束の間の「新発見感覚」を味わうことになる。
生き物好きでなおかつ知的探求心に富んだ方なら、その束の間だけでも静かな興奮が沸々と体の中に充満したことだろう。
けれど残念ながら、こんなにたくさんいてしかも見つけやすい魚を、世の研究者も愛好家も変態社会人も放っておくはずはなかった。
今やすっかり当たり前になっている多魚種掲載のでっかい図鑑なら、カスリフサカサゴが載っていないなんてことはまずなく、ページをパラパラとめくれば、実にあっさりと正体が判明する。
情報が溢れる世界では、たとえ束の間ですら「新発見感覚」を味わうことが難しくなっているのだった。