全長 25cm
随分昔に和名が付けられた魚たちの中には、
ん?
と思わず首をひねってしまう不思議な名前のものがけっこういる。
このキハッソクもしかり。
そのフォルムだけではピンと来ないけれどハタ科の魚で、その昔伊豆でよく目にしたルリハタとか、水納島でもおなじみのヌノサラシなどと同じグループらしい(ヌノサラシ科だったこともあるけどヌノサラシともどもハタ科に編入された)。
以前は水納島でも、とりわけ岩場のポイントでわりとチラホラ観られたのに、近年は出会う機会が随分と少なくなっている。
もっとも、以前もそこらじゅうにたくさんいたわけではなく、いついってもたいていそこにいる、という子としょっちゅう出会っていただけかもしれない。
理由はともかくお馴染みの場所で出会う機会が減っているキハッソク、久しぶりに出会うとなんだかうれしいので、パシャ。
こうして見ても、ハタの仲間という感じはしない。
日中は暗がりが好きなようで、岩陰でジッとしていることが多いキハッソクも、たまに表に出て泳いでいることがある。
岩陰でジッとしているときはヒレを広げて実に堂々としているキハッソクなのに、表に出て泳いでいるときは、なんだかスゴスゴ…感が否めない。
その姿、岩陰の麗人というよりは、単なる日陰者?
こうして横から見ると体格がありそうなのに、正面から見ると……
細ッ!!
ハタの面影は微塵もない。
キハッソクという変な名前はもともとは和歌山の方言名らしく、漢字で書くと「木八束」なのだとか。
八束もの薪を使って煮たり焼いたりしても、不味くて食べられないからとか、食べられるようになるまでそれくらい薪を使うからとか、いろいろ諸説あるようながら、ともかくその意味するところは「美味しくない魚である」ということのようだ。
きっと「ねこまたぎ」などと同じ意味合いなのだろう。
ところが世の中にはチャレンジャーが居て、実際の味はどうなのか試してみた方がいる。
その方がおっしゃるには、美味しかったそうな。
体表に粘液毒を持つグループとはいえ、ハタの仲間だもの、肉質はいい感じなのだろう。
となると、ねこまたぎと同じ意味合いで名付けられているっぽいこのキハッソク、それは見た目の判断から由来するのか、それとも美味しさがバレないようにわざと流された誤情報なのか。
もっとも、海域を問わず群れなして泳いでいるわけじゃなし、狙って得られるものでもなさそうだから、水揚げされることなど滅多になさそうではある。
水産資源としてはさほど認知されず、ダイバーにも注目されるわけではないこのキハッソク、しかしアクアリスト方面にはとても人気があるのをご存知だろうか。
というのもこのキハッソク、3cm未満の幼魚の頃は、オトナからは想像もできないほど奇妙奇天烈な姿をしているのだ。
背ビレの一部の棘が、ありえないほどにビヨヨヨヨヨヨ〜ンと伸びているのである!
イトヒキアジの幼魚のようにたえず一直線にたなびいているわけではないから、その伸びた部分は時に新体操のリボンのようにもなっていて、写真を見るかぎりでは不思議な生き物にしか見えなくなる。
どんな姿か気になる方は、「キハッソク 幼魚」で画像検索してみてください。
各地の水族館で展示されていることもあるようだけど、こんな幼魚の頃のキハッソクなんて、いったいぜんたいどこで暮らしているんだろう??
やっぱこの形態的に、沿岸域ではなく外洋なんだろうなぁ…。
海の中で出会ったら、アドレナリン噴出間違いなし。
あまりにもアドレナリンが出すぎて、呼吸できないほど苦しくなってしまうかもしれない。
これぞまさしく、気息奄々ならぬ木八束奄々。