全長 10cm
いわずと知れた、ハナダイ界のポピュラー選手キンギョハナダイ。
あまりに普通にいすぎて人気の面では今一歩の感が否めないけれど、その圧倒的な群れの数といい、知名度といい、分布域の広さといい、ハナダイ類では他の追随を許さない。
その広い分布域では海域によって微妙に体色が異なるので、同じキンギョハナダイでも、伊豆、沖縄、紅海、モルディブ、グレートバリアリーフなどなど、写真を撮り溜めればけっこう楽しいコレクションになる。
生息環境によっても体色は異なり、砂地の根で群れているキンギョハナダイのオスは冒頭の写真のように白っぽいのに対し、同じポイントでもリーフエッジで群れているオスの体色は濃い。
体色の濃淡は環境に合わせて自在に変えられるようながら、その体色チェンジを司っている大事な部分を損傷してしまっているためか、ブラックジャックのようになっているオスもいた。
本人としては「どこで暮らせっちゅうねん…」とボヤきたいところかもしれない。
潮通しの良いドロップオフではリーフエッジに無数に群れ集う彼らではあるけれど、水納島ではリーフエッジよりも砂底に点在する根の周囲で群れているもののほうが多い。
白い砂底に点在する根には明るい日が差し、そこで群れ泳ぐ彼らは一面の花吹雪のよう…
……だったのは2010年くらいまでのことで、その後キンギョハナダイたちはその数をグーンと減らしてしまった。
毎年初夏〜夏には幼魚が増えるものの、その歩留まりというかなんというか、各根に残ってくれる率が低く、そのため昔に比べると、全体的に数が少なくなっている。
残念ながら、もはや「花吹雪のような…」と言えなくなっているのだ。
いったいどうしてしまったのだろうか。
絶滅危惧種が絶滅することよりも、普通に見られたものがいつの間にかいなくなっているということのほうが、環境的にはよっぽど深刻な問題のような気がする今日この頃である。
それでもまだまだキンギョハナダイは「普通種」と平気でいえるほどには数多く、小なりといえども群れを眺めることはできる。
ご存知のとおりハナダイ類もまた雌雄で体色が異なり、オスが白っぽいのに対し、メスは鮮やかなオレンジ色をしている。
1匹のオスが複数のメスを統御するハレムが複数集まって群れを成すので、必然的にメスのほうが圧倒的に多い。
そのため、キンギョハナダイといえばオレンジ、とイメージしている方も多いことだろう。
もっと近づいて観てみると、メスはこんな感じ。
ハナダイ類もまたメスからオスに性転換するため、群れているメスの数が多いところでは、オスの目が行き届かないのか、メスの中にはオスになりかけのものもいる。
色はほぼメスながら、ピヨヨンと延びている背ビレなど姿形はほぼオスだ。
行動を観ていてもメスに対してアピールしていたから、本人的にも生殖器官的にも、すでにオスになっているのかもしれない。
キンギョハナダイのオスはその色彩もさることながら、この背ビレのピヨヨンで他のハナダイたちと容易に区別できる。
なので、スレートに背ビレの絵を描いて、あれがキンギョハナダイのオスです…とゲストに指し示すのだけど、あいにくキンギョハナダイたちは常時背ビレを立てているわけではない。
それもゲストに指し示す時に限って、そこらじゅうのオスが↓こういう状態になっていたりする。
せっかく背ビレを立てている絵を描いたのに、ヒレを寝かせていたら意味ないじゃん……。
このオスのピヨヨン背ビレに注目していると、たまにダブルピヨヨンになっている子も稀にいる。
けっこうレアケースなので、キンギョハナダイの群れに見惚れているときに出会えると、なにげにプチハッピー。
多数のメスを従えているオスたちは、油断しているとメスがオスになってしまうから、オスとしての自分がいることを普段からアピールしていなければならない。
一般的に求愛行動と呼ばれる泳ぎ方ではあっても、それはただちに産卵行動に繋がるわけではなく、もっぱらオスの存在アピールであることのほうが多い。
メスに対して存在アピールをするオスたちは、特徴であるピヨヨン背ビレがわからなくなるくらいにヒレをすぼめ、スマートなフォルムになってメスの目の前まで急速降下し、そこでグルリと反転してまた急速上昇する、という動きを繰り返す。
↑これがアピール泳ぎをしている際のフォルムで、相当ヒレをすぼめているほか、体色も普段と比べてより白っぽくなりつつ、眼からエラにかけてオレンジ色の帯がより鮮やかになっている。
そうやって群れの中のメスを相手にアピールしているかと思えば、他所ではオスだけがアヤシゲに集まっていることもある。
時々オスたちが塊になって群れの情報交換をしていると言われる行動、いわゆる「クラスターリング」とはまた違い、この場合はメスはメスで群れ、オスはオスで群れているという態になっていることもあるのだ。
このようにオスが高密度でいる時には、オス同士で威を張り合うこともある。
メスを相手にアピールする際にはヒレをすぼめているのに対し、オスを相手に威を張るときには顎を膨らまし各ヒレを全開にするんだけど、尾ビレの色もメスを相手にする時とは全然違っている。
↑この写真では向こう側にもう1匹のオスが居るんだけど、全然見えないから…
よほど暑すぎたり寒すぎたりする季節を除き、キンギョハナダイたちのメスへのアピール泳ぎは通年観られる気がするけれど、繁殖自体は梅雨時あたりから始まるようで、日没前後のかなり海中が暗くなっている時間帯に集団で産卵するのを一度目にしたことがある。
その後無事に孵化した卵は浮遊生活を経たあと海底にたどり着くから、その頃になるとどこで生まれたのやらわからないチビチビたちが、砂地の根のそこかしこで観られるようになる。
この時期、海底にたどり着いたばかりくらいの、チビチビチビターレのかわいいことといったら!
アクビまで可愛い。
そんな幼魚に注目してみると、なかには↓こういうものもいることに気づく。
眼の下に、白い点が斜めに3つ並んでいる子がいるのだ。
たまたまこの子だけというわけではなく、かといって他のすべてがこうなるわけでもなく、ときおり散見される程度ながら、点のあるものはすべてこの位置だから、何かの寄生虫というわけではなさそうだ。
また、オレンジのチビチビが群れているところに1匹だけ、なぜだかレモンイエローのために浮いている子がいたこともある。
これはモニターの加減とか、フルサイズのカメラじゃないために色の再現性が悪いとかではなく、海中で実際に見ても他のキンギョハナダイのチビよりも圧倒的に黄色かったもの。
レモンイエローのハナダイのチビといえば、思い浮かぶのはスミレナガハナダイの幼魚だけど、スミレナガハナダイのチビは腹ビレが白いから容易に区別できる。
三ツ星チビターレといい、レモンチビターレといい、すでに業界的に既知のことでしたらゴメンナサイ……。
そんなナゾも孕みつつ、やがて幼魚がそこかしこで群れるようになる。
中層を群れ泳ぐオトナや若者たちと異なり、幼魚はイソバナやヤギ、ウミシダなど綺麗系の付着生物に寄り添って群れるため、とても絵になる。
これがもう少し水深が増すと、ケラマハナダイやカシワハナダイのチビチビも混じってくるから、初夏〜夏のサンゴの枝間は、キンダガーデンのようでとてもにぎやかになる。
もっとも、幼魚が増えてうれしいのは我々ダイバーだけではなく、彼らをエサにしているものもまた、その恩恵に与っている。
ホシゴンベの幼魚も……
カスリヘビギンポも……
幼魚が増える季節は、文字どおり降ってわいたボーナス御馳走に彼らが目の色を変える季節でもあるのだ。
ハナダイ類がどこでも花吹雪のように群れている頃なら、自然環境的にこれら幼魚の犠牲者は、あくまでもコラテラルダメージ的なモノだった。
でも1匹1匹の幼魚が貴重になりつつある今、このテの捕食圧もまた、やけに重大なダメージになっている気もするのだった