全長 40cm
水納島の砂地のポイントなら、フツーに観られるキツネアマダイ。
オトナはたいていペアでいて、つかず離れず離れてついて、砂底の上50cm〜1mほどのところを、ホバリングをして立ち止まっているかと思えば、またスーッと泳いでいく。
砂中の何かが好物のようで、ホバリングしながら砂底を凝視しているかと思うと、シュッと砂底に吻端を突っ込み、モグモグしながらホバリングしつつ、その場を去っていくこともある。
逃げも隠れもしない40cmほどの魚なので(近づくと逃げますが)、目にしたことがある方は多いに違いない。
ワタシが初めてこの魚に出会ったのは、学生時代のこと。
それもここ水納島だった。
他の魚の稿でも何度か触れているように、学生時代の我々は本島西海岸や南部の海を主要ポイントにしており、砂地を好むキツネアマダイは、そういったところではまず観られなかった。
そのためダイビングを始めて4年目にして、初めてキツネアマダイを目にする機会を得たわけである。
もちろん「キツネアマダイ」なんていう名前など、その頃は知るはずもない。
なにしろ当時は、こんな魚を載せているリーズナブルな図鑑など皆無で、ネットで画像検索…なんて世の中になることすら想像もできなかった時代である。
むしろキツネアマダイなんていう魚を知っているヒトのほうが少なかったのではあるまいか(少なくとも身の周り半径50m以内ではゼロだったはず)。
ところで。
「これ、なんていう魚なんだろう…」という疑問は、ダイビングを始めて間もない頃は特に、海の中でひっきりなしに頭をよぎる。
けれどたいていの場合、海から上がるとすっかり忘れている。
そういうささやかな疑問は、海から上がった途端に3万光年の彼方に消え去り 、次のダイビングで再び同じ疑問を抱くことになるのだ。
ところがこのキツネアマダイと初めて出会ったときは、よほどインパクトが大きかったのか、ダイビング後もその数日後もずっと消えず、かといって手近に調べる術もなく、疑問だけが大きく膨れ上がっていった。
後日タコ主任(ちなみに当時は髪フサフサ!!)が当時席を置いていた研究室に遊びに行き、分類の大家である某Y先生に尋ねてみた。
「先生、ホンソメワケベラのオバケみたいな魚を見たんですけど………」
そう、ワタシにはこの魚が巨大化したホンソメワケベラに見えて、それがとてつもないインパクトだったのだ(冒頭の写真は、奇しくもホンソメワケベラとのツーショット。ホンソメのオバケといって差し支えないサイズ差でしょう?)。
するとその某Y先生は、どういう場所で目にしたか確認するや、傍らにあった巨大で高価な魚類図鑑「日本産魚類大図鑑」(ご本人も執筆者の一人)をおもむろに取り出して一言。
「これですな」
迷うことなくその図鑑を開いて指し示す先には、ワタシが水納島で目にしたホンソメワケベラのオバケ、すなわちキツネアマダイの姿が。
さすが魚類分類学の大家、いきなりビンゴである。
30年前のワタシのように、水納島で初めてこのキツネアマダイを目にし、なんていう魚なんだろう、という疑問を抱くゲストもいらっしゃる。
そして、やはりインパクトは大きいのか、夜までその疑問を覚えている方も多く、夜のログ付けタイムで不思議そうにお尋ねになる。
「なんかホンソメワケベラのオバケみたいな変な魚を見たんですけど……」
ひそかにワタシは、過ぎ去りし若き日々を懐かしく思い出すのであった。
さて、そんなモンスターホンソメなキツネアマダイだけど、彼らにだって子供の頃はある。
夏になるとそこかしこで観られ始める、キツネアマダイの10cm前後の幼魚。
転石ゾーンから砂底に移るまでのあたりで、海底から30cm前後離れ、1匹ずつチラホラしている。
春には、さらに小さな激チビターレに会うこともある。
そのサイズ、わずか2cmほど。
ホンソメワケベラのオバケなオトナの面影など微塵もない、ホンソメワケベラよりも小さなチビチビだ。
成長して20cm前後になると、なぜだか背と腹が黄色味を帯びている子が目につくようになる。
オトナももっと小さい頃も、こんな色をしているものに会ったことはない。
きっとこのサイズの頃の色合いなのだろう。
30cmほどの若魚になっても、背と腹の黄色味はうっすらと残っている。
オトナの縄張りに侵入していても、排除されない免罪符のようなものなのだろうか。
そうかと思えば、黄色味などまったく見当たらない若い子もいる。
わりと深めの砂底にいた子で、周りには他にオトナの姿はないし白い砂だから、リーフ際とは違って余計な色味は必要ないということなのだろうか。
ちなみに、ワタシが初めてキツネアマダイに出会った年に先立つこと2年、87年に刊行された、水中写真家中村征夫さんの名著「海中顔面博覧会」には、このキツネアマダイも登場している。
ナンバー23でエントリーしているキツネアマダイ、そのタイトルは「外交官夫人」。
このキツネアマダイを観て、外交官夫人をイメージするか、ホンソメワケベラのオバケをイメージするか。
そこには、写真家というアーティストと、ダイビング屋の飲んだくれオヤジほどの差があるのだった。
ああ、ワタシもこういう魚を観て「外交官夫人」をイメージできるヒトになりたい……。
< もう遅いって。