全長 15cm
ヤマブキベラと同じく、リーフエッジ付近の浅いところで、いつも忙しそうにセカセカシャカシャカ泳いでいるコガシラベラたち。
ヤマブキベラの仲間たちの中では随分小柄で、社会的立場として「オス」(オス相)になっている成熟個体でもせいぜい15cm程度。
それでも食に懸ける意気込みは、ヤマブキベラに勝るとも劣らない。
心無い(といってもいいでしょう)業者が餌付けをやり倒している場所では、ヤマブキベラよりも反応が早く、真っ先に駆け寄ってくるのがこのコガシラベラだ。
一部でそのような魂を売った生活をしているものがいる一方で、自然下でのコガシラベラは、いささか不思議な社会を築いている。
他の多くのベラ類同様、1匹のオスが複数のメスを囲うタイプなので、リーフ上でメスを多く従えたオス(相)が、胸ビレを使ってツンツンツンと得意気に泳ぎまわっている姿をいつでもどこでも見ることができる。
冒頭の写真はその「オス」で、メスは↓こんな感じ。
リーフ上などではこのメスがたくさんいて、そこに1匹の「オス」がいる、という構成になっている。
ただしこのような「オス」モードになったものたちが複数匹同じようなところで泳いでいることも多く、だからといってメスに産卵させるべくテンパっているとき以外、彼ら同士でケンカをすることもあまりない。
ヤマブキベラなど他の同じ仲間の魚たちならこういう場合、複数のメスたちそれぞれと1匹のオスが何度も何度もペア産卵を行う、というのが定番だ。
ところがコガシラベラの場合はどういうわけか、そういったペア産卵はリーフ上よりもっと深いところに場所を移して行われる。
オトナになった男と女同士、しっぽりした付き合いは静かな場所で、ということなのだろうか。
それに対して、ほとんど幼魚に近い体色を呈しているものも含め、うら若いメス体色のものたちは、浅いリーフ上で超集団産卵を行う。
え?メスだけで産卵??
と、昔は誰もが不思議に思った時代もあったのだけど、実はこれ、ベラの巧妙なる繁殖戦略のなせるワザなのだ。
というのも雌性先熟の性転換をすることが知られているこのテのベラのオスには、生理的機能のほかに社会的立場として後天的に「オス」となる「二次オス」と呼ばれているものと、社会的ポジションはメスのままながら、生理機能はオスになっている「一次オス」という、2タイプの「オス」がいる。
メスからオスへの性転換OKな生理機能の仕組みのなかで、群れの状況、己の体格などなど、様々な要因に応じて個体それぞれが「選択」するらしい。
立派な体格なら数多くのメスを従える「オス」として君臨し、己の遺伝子をたくさんのメスを通じて残すことができる。
小柄なメスは、立派なオスに守られながら己の遺伝子を安定的に残すことができる。
その隙間を縫うように、体格は小柄だけれどオスの機能を有して、メスと一緒に集団になって繁殖しちゃとうという、社会的貢献など度外視の「オス機能優先どさくさ紛れ繁殖」を行うのが、なりはメスでも心はオスの「一次オス」だ。
なので、社会的にオスのツトメを果たすべき「オス」がいるにもかかわらず(矢印の先)…
このメスの姿形をした集団は、「オス」の存在など意に介さず、怒涛の勢いで集団産卵を行う。
動画では一回こっきりで終わっている産卵は、盛り上がっている時だと矢継ぎ早にバシュバシュバシュバシュバシュ花火大会状態になり、あたりがオスの精子で白くボヤーッとするほどだ。
夏ともなれば、潮が引き始めるタイミングならリーフ上のいたるところで繰り広げられている産卵ショー。
しかしそうやって集まっている魚たちが、「コガシラベラ」である、ということを認識しているヒトは少ない。
当コーナーで何度も言っているように、多くのベテランダイバーにとって、「ベラ」はあくまでも「ベラ」でしかないからだ。
しかしだからといって、気鋭のダイバーのみなさんは、もはやそんな古くさい感覚の持ち主たちを相手にしている場合ではない。
ベラにも大いなる愛を注ぐ気鋭のダイバーたちは、コガシラベラの幼魚がどういう姿をしているか、ということももちろん知っている。
なかには写真の子のように砂底のちょっとした岩を拠り所にするしかない状況に追い込まれ、ひとりっきりでいるチビもいるけれど、本来いるべきリーフ上に運良くたどり着いた子たちは、チビの頃からわりと集団で過ごしている。
若いメスはこの体色のままメスになっているので、いったいどこまでが幼魚でどこからメスなのかあやふやながら、この模様で集団になっているコガシラベラ・チビターレたちは、ときとしてハナヤサイサンゴ類にまとわりついていることがある。
隠れ家とかそういった緊急避難的なものではなく、このサンゴの枝表面の「何か」をしきりにつついては、このサンゴを縄張りにしているルリメイシガキスズメダイたちに追い払われたりしているコガシラベラ・ヤング。
これは幼魚フェーズに限ったものではなく、すでに色柄がメス状態になっている集団も、同じようにハナヤサイサンゴ類にまとわりついて「何か」をついばんでいる様子をちょくちょく目にする。
これはそれぞれ一瞬のことではなくて、けっこうしつこく続く。
ミドリイシ類にまとわりついているのは観たことがないから、ヘラジカハナヤサイサンゴ限定ということなら相当な偏食だ(下の写真のようにミドリイシの周りにたむろすることはあっても、ハナヤサイサンゴ類にするようなつつく動作は観られない気がする)。
ヘラジカハナヤサイサンゴに産卵床を作るルリメイシガキスズメダイなどの卵を狙っているようにも見えないし、やはりサンゴの粘液か何かが目当てなのだろうか?
コガシラベラだけに特異的に観られる行動だと思いきや、時には↓こういうこともある。
周りには他にもたくさんヘラジカハナヤサイサンゴは観られるのに、なぜだかこのサンゴにだけいろんな魚が密集。
ホンソメワケベラまでがサンゴの何かをつついていた。
ヘラジカハナヤサイサンゴ、年に一度の大バーゲン!とか?
詳細不明につき、ご存じの方はご教示ください。
それにしても不思議なのは、コガシラベラ・チビたちのサイズとその色柄。
上の写真のような幼魚と変わらぬ模様のまま成長してメスになっているものもいる一方で、かなり小さい頃からオトナのメスの色柄になっているグループもいるのだ。
サンゴの群体は違えど、ミドリイシの枝に比したそのサイズで、両者がさほど変わらないサイズであることがわかる。
このメスの色柄になっているグループと、幼魚模様のままのグループは、すぐ近くにいるにもかかわらず交わることはなく、それぞれ別に行動している。
いったいどういうことなんだろう?
小さな頃から群れて泳いでいるコガシラベラたちは、ホンソメワケベラが周囲にいない環境では、まるでホンソメワケベラのように他の魚を精力的にクリーニングすることもある。
コガシラベラの若魚たちによってたかってケアしてもらっていたゴマハギ。
それにしても、リーフ上でたくさん群れているコガシラベラの「メス」たち……
リーフ上における彼女たちは、同じ体色のオスを交えながら集団産卵をしていて、「オス」などいなくともこの群れで暮らしが成り立っているかのように見え、「オス」の役目がいまひとつわからない。
それにもかかわらず、同じ場所に多数のメスたちとともに、リーフ上で「オス」の姿で暮らしている彼。
はたしてこの状況における、彼の存在意義は、意味は、意識は??
ごくごくフツーに出会えるコガシラベラたちの社会には、我々にはやすやすとは理解できないフクザツなアイデンティティの世界が広がっているのだ。