全長 25cm
ニザダイの仲間は一般に、「ハギの仲間」と呼ばれることが多い。
〇〇ハギという名の魚が多いからだろう。
ただし「ハギ」という和名の魚はいないため、より正確に言うなら「ニザダイの仲間」になる。
そのためこのクログチニザのように「〇〇ニザ」という名がついているものもわりといるのだけれど、「ギンポ」と「カエルウオ」同様、「ニザ」と「ハギ」に分類上の区別があるわけではなさそうだ。
ところで、そもそもニザってなんね?
ニザダイのニザとは、実は「青二才」という意味なのだとか。
よってニザダイとは青二才の鯛。
すなわち、食べられないわけじゃないけれど、タイには一歩も二歩も及ばない魚、ということだろうか。
他のニザダイの仲間と同様このクログチニザも、巨大な群れを作るわけでもなく、とりたてて美しいわけでもなく、そこへもってきて名前までが地味(なんでこの色形でわざわざ口が黒いところに注目する必要が……)。
となれば、猫も杓子もデジカメ片手にダイビングをするようになっている今の世の中にあっても、わざわざクログチニザにカメラを向ける人はまずいないのも無理からぬところ。
でもこのクログチニザ、和名は味も素っ気もないけれど、英名はちょっとばかしスイーツ系だ。
海の向こうではこの魚を、チョコレート・サージョンフィッシュと呼んでいるようなのだ(サージョンフィッシュはニザダイの仲間のこと)。
他のハギの仲間同様、クログチニザも気分や状況で体色の濃淡をコロコロと変えるから、冒頭の写真よりもさらに濃い色をしていることもある。
なるほど、そういう目で見ればチョコかも…。
チョコと言われれば、カメラを向けるヒトが増えるかもしれない。
ただしこのチョコレート、若い頃はキャラメルチョコになっていることもある。
この色合いでも濃淡を自在に変えるので、ホンソメワケベラにクリーニングされているときなどは、いまだ見知らぬ別の種類かと思ったほどだ。
こうなると、クログチニザであれチョコレートサージョンであれ、まったく意味不明になってしまう。
しかし彼らの体色のバリエーションは、幼魚にこそ注目すべきものがある。
クログチニザの幼魚は、濃淡の変化ではなく、完全にバリエーションとして体色の違いが観られる。
ノーマルバージョンは↓こういうタイプ。
この姿、何かに似ていると思いませんか?
そう、ヘラルドコガネヤッコ。
オトナの尾ビレは湾曲しているのに、子供の頃はラウンドテール。
それはすなわち、ヘラルドコガネヤッコのマネのため。
本人たちにも自覚があるのか、このキレンジャーバージョンのクログチニザヤングは、ヘラルドコガネヤッコと一緒にいることがよくある。
毒のある魚だとか、あまりにも不味くて誰も食べようとしない生き物ならマネをする意味もわかるけど、ヘラルドコガネヤッコのフリをして、いったい何の得があるんだろう?
それは、小型キンチャクダイ類は逃げ足が速いので、どうせ追いつけない獲物をわざわざ追いかけないよう捕食者に最初からあきらめさせるため…などとまことしやかに述べられていることもある。
でも。
逃げ足だったら、クログチニザだってもともと速いんじゃ……??
それよりも注目すべきは、彼らの食事ではなかろうか。
ご存知のとおり彼らハギ類は藻食(多少は甲殻類なども食べるらしい)。
同じくその藻類を餌にしている魚に、強力な縄張り意識を持つタイプのスズメダイたち(イシガキスズメダイなど)がいる。
縄張り意識も気も強いスズメダイたち。
餌をちょこっと食べるたびに、そんなスズメダイの攻撃にさらされていたんじゃたまらない。
一方、藻類も食べないわけじゃないけど主にその他の付着生物を食べているからか、小型ヤッコたちはスズメダイたちに追い払われることはまずない。
それなら。
小型ヤッコたちのフリをすれば!!
クログチニザの幼魚がヘラルドコガネヤッコに似ていることが、けっして偶然ではないことを如実に物語るジジツがある。
ヘラルドコガネヤッコと同じ小型のキンチャクダイに、ナメラヤッコという魚がいる。
クログチニザのチビには、このナメラヤッコのフリをしているバージョンもいるのだ。
もはや瓜二つどころではなく瓜一つ級のそっくりさ。
そしてナメラヤッコタイプのチビターレもまた……
ナメラヤッコと行動を共にしているのだった。
水納島の場合、ヘラルドコガネヤッコタイプに比べてナメラヤッコタイプは数が少ないので、出会えた時は千載一遇と思ったほうがい。
同じ個体がヘラルドコガネヤッコタイプになったりナメラヤッコタイプになったりしているのか、それぞれはまったく別の人生を歩んでいるのかは知らない。
もしそれぞれが別の人生を歩んでいるとするなら、なかにはかなり独特な我が道を行っている子もいる。
君は何になりたかったの?……と思わず問いかけたくなるタイプ。
強いて言うならナメラヤッコとコガネヤッコのハイブリッド。
でもそんな超レア(水納島の場合)な子のマネをしたって、海の中で会えないんじゃ意味ないじゃん…。
彼のヒレがやや傷んでいるのは、そのあたりに理由があるのかもしれない。
とまぁそんなわけで、たとえ成魚はパッとしない魚であっても、幼魚はかなり要注目のクログチニザなのである。
※追記(2024年9月)
クログチニザのオトナに出会う頻度に比べれば幼魚に遭遇する機会は少なく、出会えても10cm弱くらいにまで育っている。
ところが今夏(2024年)、人生最小級のクログチニザ・チビターレに出会えた。
4cm弱のクログチニザ、人生最小記録更新だ。
まだ幼いので口先のフォルムがかなり違って見えるけど、ラウンドテールで黄色いハギの幼魚をワタシはクログチニザ以外に知らない。
7月はじめのことで、その頃にはもうリーフ際の砂礫底にはヘラルドコガネヤッコのチビチビがたくさんいて、このクログチニザチビターレは、やはりおりにふれヘラルドコガネヤッコのチビと行動を共にしていた。
こうして見比べれば、体側の縞々模様が無いことやその他でヘラルドコガネヤッコではないってことが一目瞭然ながら、遠目にチラッ…と観ただけでは、一瞬で区別する自信がない…
…というか、三度見してようやくクログチニザだと確信できたくらいだから、ヘラルドコガネヤッコを探し求めてでもいないかぎり、遠目から注視することはこれまできっとなかったはず。
でまたこのチビターレ、相当警戒心が強いときたもんだ。
単独でいるからなのか、ちょっとカメラを向けただけでたちまち石の下に逃げ込んでしまう始末。
これほど警戒心が強いと、こちらがクログチニザだと気がつく前に隠れてしまうに違いない。
これまで長い間クログチニザ・チビターレに出会えなかった理由が、ようやくわかったのだった。
この夏はクログチニザのチビに出会う機会が例年より多く、同じ7月にはこういうタイプのチビにも出会った。
5cm以下のチビながら、先ほどの最小級よりほんの少し大きめで、口先のフォルムがすでにクログチニザっぽくなっている。
フォルムはともかく、この体色バージョンでいたら、ヘラルドコガネヤッコと一緒にいても意味が無いんじゃ…?
ということをこのチビも先刻承知らしく、このチビがずっと一緒にいたお相手は…
…ソメワケヤッコで、完全に行動を共にしていた。
両者の好む食べ物は、極端に言えば肉食系と草食系なほどに異なるはずなんだけど、観ていると同じようなところを同じタイミングでつついて、まるで同じモノを食べているかのように見えるくらいラブラブだ。
水納島ではソメワケヤッコがひと冬を越してこのサイズにまで成長することは滅多になく、昨秋このすぐ近くにいたチビの姿は見当たらなくなっている。
そのため元気に育ってはいてもソメワケヤッコはたいていロンリーだから、他に仲間がいない中でこうして一緒に過ごせる相手がいるというのは、ソメワケヤッコにすれば歓迎すべきことなのかもしれない。
このままソメワケヤッコと行動を共にしていると、このアブノーマルカラーのクログチニザチビターレは、ソメワケヤッコのようなカラーリングになったりして…。
その後2ヵ月ほど経っても依然同じ場所に居続けているチビは、体は2周りほど大きくなっていて、ソメワケヤッコそっくり…
…にはなっておらず、モヤッとした体後半の黒い部分が、モヤッとしつつも尾ビレあたりはクッキリブラックになっていた。
残念ながら劇的にソメワケヤッコカラーになるわけではなかったものの、ナメラヤッコタイプというわけではないアブノーマルカラー、今後オトナになるにつれどのように体色が変わっていくのだろう。
あ。
先に紹介しているキャラメルチョコタイプの若魚は、このアブノーマルタイプの幼魚が成長したあととか?