全長 8cm
クロホシイシモチは沖縄でけっして珍しい魚ではないようなのだけれど、水納島では、年によっていたりいなかったりする。
95年に水納島に越してきてから数年ほどは、クロホシイシモチを目にすることはなく、それ以前の数年間に伊豆は大瀬崎でよく出会っていたこともあって、当時はまだ温帯域オンリーの魚だとばかり思っていた。
なのである年突如クロホシイシモチがわんさか群れているのを観たときは、たいそう驚いたものだった。
近年、少なくともここ10年間(2019年現在)は、比較的コンスタントに観ている気がする。
クロホシイシモチが観られる年は、梅雨時に、根のそこかしこで幼魚の姿がチラホラ観られるようになってくる。
それから2週間ほど経って梅雨明け頃になると、砂地の根のサンゴの周りなどに、ワッと湧きだす。
年によってその数には差があるものの、多い時にはそれからひと月も経てば、サンゴの上をかなりにぎやかにしてくれるようになる(下の写真で上方に群れているのは、グルクンのチビたちです)。
もっとも、彼らのすべてがそのままオトナになるまで成長できるわけではない。
夏に湧き出す小魚たちは、サバンナにおけるヌーのようなもの。
こうして群れていても、しばしば襲来してくるプレデターに、いつも生命を脅かされているのだ。
カスミアジの襲来を受け、サンゴの下に逃げまどうクロホシイシモチの若者たち。
そんな苦難も寒い冬をも乗り越えたクロホシイシモチたちは、1年もするとすっかりオトナになっている。
老成すると色が濃くなるから、絵的には地味ながら、オトナたちがサンゴの上に集まっていると、それなりに見応えがある。
クロホシイシモチたちは温帯域にも適応しているだけあって、水納島で観られる他のテンジクダイ類よりも繁殖期を迎えるのが少々早く、2月にはペアになっている様子が観られるし、3月にはもうそこかしこで卵を口内保育しているオスの姿が観られるようになる。
繁殖期になると、それまで「群れ」だったクロホシイシモチたちは、あちこちでペアになる。
キンセンイシモチのように、ペアになった途端に海底近くの安全地帯に潜むというわけではなく、クロホシイシモチは中層で優雅にデートを楽しんでいることが多い。
そんなクロホシイシモチたちと浅く長く付き合ってきて、少しばかり気がついたことが。
2つのペアの写真、上はまだオスの口に卵が入っていない状態で、下はすでに口内保育中(顎が膨らんでいる方が口内保育中のオス)。
一方で、スカシテンジクダイのように、卵を保育中のオスたちだけが集団を作っていることもある。
仲睦まじくペア状態で育児ならぬ育卵しているオスがいる一方で、イクメン集団になるものもいる…
なんでだろう???
一方、仲睦まじくペアでいるものをよく観てみると、オスがまだ口内保育中ではないとき…
そして口内保育中のとき…
いずれの場合も、メスのお腹が卵で膨れているように見えるものが多い。
そして、ペアになっている卵保育中のオスの口の中の卵は…
発生が進み、すでに目がキラキラしている段階、すなわち孵化間近だ。
一方、集団イクメン状態になっているオスたちの口の中にある卵をかろうじて覗き見ると……
産みたてホヤホヤっぽい。
結果をまとめてみよう。
つまり。
仲睦まじいアツアツムードに見えるカップルのメスは、ただ単に卵の産み場所としてのみオスを大事にしているのではないか。
そういえばペアになっているとき、近づいてくる他のメスを追い払うのは決まってメスだ。
その情熱はオスが守っている卵を外から守るというわけではなく、産卵場所であるそのオスを奪われないようにするためのものってことかも。
その様子を動画でも…
そしてひとたび産卵を終えると、卵保育を始めたオスにはアッサリ別れを告げて、次の卵を産む体力を得るべく、メスはセッセと中層で食事に励む。
クロホシイシモチのイクメンは、ていのいい使い捨て孵卵器扱いだったのだ。
なんとも虚しくも尊いオスの存在!!
……と、勝手に自説を展開してみたはいいのだけれど、こういう例外もあった。
メスが寄り添っているオスは口内保育中。
しかるにその口の中の卵は……
まだ目ができ始めたばかりの段階。
これだと孵化までまだ随分時間が(4日くらい?)かかることだろう。
にもかかわらず寄り添っているメス。
やはりそこは個体差、なかには愛情深いメスだっているのかもしれない。
…といいつつ。
このメス、寄り添ってはいるものの、しょっちゅうしょっちゅう…
アクビをしていた。
卵が孵化するまでまだ随分時間があるオス、
すなわち今すぐ卵を産むわけにはいかないオス、
ようするにとりあえず今はなんの役に立たないオス、
と一緒にいるのは、メスにとって随分ヒマなことであるらしい……。