水納島の魚たち

メガネクロハギ

全長 15cm(写真は6cmほどの若魚)

 広いリーフの外縁の浅いところで、好物の藻類をついばみつつヒラヒラと気ままに泳いでいるメガネクロハギ。

 よく観るとそれなりにカラフルで、丸っこい輪郭も可愛らしい。

 このうえモルディブで観られるパウダーブルーサージョンフィッシュのような圧倒的な大群でも作ってくれれば、あっという間に人気者になることだろう。

 が、他の海ではいざ知らず、水納島での彼らは残念ながら、たいてい1〜2匹でヒラヒラしているだけ。

 それも、必ず会えるというほど多いわけでもないとくれば、ログブックに書かれる機会など滅多にないに違いない。

 そんなメガネクロハギにも「歴史」がある。

 昔々は、メガネハギと呼ばれていたことがあるというのだ。

 しかし当時すでにモンガラカワハギの仲間にメガネハギという和名が付けられていたために、その名では都合が悪くなってしまった。

 それとは別に「メガネニザ」という名で呼ばれていたこともあるようながら、結局はメガネクロハギに落ち着いた。

 ところが。

 ダイビングにおけるフィッシュウォッチング黎明期に、早くもこのメガネクロハギには冒頭の写真のタイプの他に2タイプ観られることが明らかになっていた。

 その2タイプのうちの1つがこちら。

 後年になって別種であるとされ、「ナミダクロハギ」という和名がついた。

 もうひとつは、両者の中間タイプ。

 冒頭の写真と合わせたこの3タイプ、いったいどこがどう違うのかわからない……というザンネンな方は、ナミダクロハギの稿をご参照ください。

 沖縄の海ではナミダクロハギのほうがメガネクロハギよりも多いそうで、沖縄で潜るダイバーにとっては、いわば馴染み深かったほうが別名になってしまった形になる。

 ただし水納島の場合は、メガネクロハギもナミダクロハギもともに(彼らが好む場所が主要ダイビングポイントにはあまりないという意味で)出会う機会は少なく、個人的にはどちらのほうが多いという実感はまったくない。

 一方、世界の海も南西諸島の海も股にかける大御所水中写真家の大方洋二さんは、まだナミダクロハギという和名が付けられていなかった頃から、ある仮説を唱えておられた。

 それをワタシなりに理解した意訳でいわく、

 沖縄よりもさらに南洋には数が多いメガネクロハギタイプが、この種類の基本形である。
 ナミダクロハギタイプは、沖縄など生息分布域辺境で特異的に変化した、メガネクロハギの地域変異である。
 大元タイプのメガネクロハギが黒潮などによってナミダクロハギタイプが生息しているところに紛れ込み、交雑することによって生まれるのが中間タイプであろう。

 というお話だった(97年に刊行された著作物で述べられているものなので、現在のご見解とは異なるかもしれません)。

 ネット上の写真を見てみると、サイパンあたりではこのメガネクロハギがやたらと群れていることもあるようなのに対し、ナミダクロハギのフィールド写真はそのほとんとが南西諸島海域で撮影されたもので、いずこであれ群れている様子はない。

 しかも今さらながらというかなんというか、近年出版された「日本産魚類検索 第三版」(東海大学出版会:刊)では、メガネクロハギとナミダクロハギは同種である、と主張する研究者の意見もあるそうな。

 となると、ひょっとすると「ナミダクロハギ」という和名は勇み足かもしれず、むしろそれ以前から唱えられていた大御所大方洋二さんの仮説のほうが、実情にも分類学的にも則している気がする。

 このとおりだとすると、沖縄の海で観られるメガネクロハギという魚は、南方からはるばるやってきた外来のお魚さんということになる。

 次回出会えた際には、もう少し丁重にお迎えすることにしよう……。

 追記(2020年4月)

 本文中でもチラリと触れているように、メガネクロハギやナミダクロハギにもやはり「好きな環境」があるようで、砂地のポイントのリーフ上や岩場のポイントの長く続く根の周辺ではさほど観られない。

 ところが、昨シーズン(2019年)初めに、普段あまり潜っていなところでもメガネ&ナミダをチェックしてみようと思い立ち、水納島では珍しくドロップオフ状になっているリーフの棚あたりに行くと、意外や意外、けっこう数多くその姿が観られる。

 メガネクロハギもナミダクロハギも仲良くフツーにいるので、時には両者が一緒に泳いでいることもあった。

 この2匹はたまたまこの時一緒にいたわけではなく、観ている間ずっと、つかず離れず離れてつかず、ペアのように行動していた。

 もっとも、「観ている間」はせいぜい5分ほどだから、それが「たまたま」だったのかもしれないけど…。