全長 25cm
魚の名前を覚えなければ……
とワタシが意識し始めたのは、ダイビングを始めて2年目、すなわち大学2年生の秋(1987年)のことだった。
貧乏学生の集まりである琉球大学ダイビングクラブという体育会系のサークルにも合宿というものがあって、毎年春と秋には離島まで行っていた。
なかには合宿費を稼ぐために日雇い土方シゴトに精を出し、挙げ句の果てに怪我をして参加できなかったという、不幸を絵に描いたような星の下に生まれてきたヤツもいたけれど、ワタシは幸いすべての合宿に参加できた。
2年生の秋ともなると、海でよく見る魚というものはだいたいわかっているようなつもりになっている(この場合の「魚」とは10cm以上の大きさ)。
そうするとたまに行く離島で見る魚たちが、いかに本島と違うか、ということも薄々わかってくる(つもりになっている)。
そんなおり、座間味島での秋合宿で、ワタシはそれまで見たこともない素晴らしく美しい魚を見てしまったのだ!
これは珍しい!
こんなの見たことない!
新種に違いない!
という興奮とともにエキジットし、みんなに「こんなのを見たあッ!」とアピールしまくった。
そして当時魚好きのダイバー必携の書、東海大学出版会の「フィールド図鑑海水魚」が取り出された。
ボートの上ですぐ見られるなんて、さすがにフィールド図鑑である。
う〜む、あれはおそらくヤッコであろう、いや、でも違うかなぁ、などと話しながらページをめくっていたのだが、当時は同級生のなかでは魚の種類をよく知っているほうだったオタマサが
「それってニシキヤッコじゃないの?」
というのである。
え?ニシキヤッコってどんなヤツ?え?え……?
そして、ほら、これ、と指し示しされたものは、なんとなんと、その図鑑の表紙ではないか。
表紙!!
な〜にが見たことないだぁ!何が珍しいだぁ!と船上に非難ゴーゴー渦巻く中、ニシキヤッコという美しい模様とその名前は、ワタシの頭に強くインプットされたのであった。
以後、騒ぐ前にまずは図鑑をチェックするようになったのはいうまでもない。
ちなみにニシキヤッコの幼魚は、タテキンやサザナミヤッコの幼魚ほど劇的な体色の違いはないものの、幼魚には背びれ後端に眼状斑がある。
でも岩陰でひっそり暮らしているので出会える機会は少なく、目にするものといえば、せいぜいこれくらいのヤング個体ばかりだ。
たまに目にできたとしてもオーバーハングの暗がりで、いくらでも隙間に逃げ込めるような場所にいるものだから、撮るチャンスがなかなかない。
ところが2016年のシーズン中、普段よく行く砂地のポイントのリーフ際で、これよりも遥かに小さく、オレンジ色の体色も目に鮮やかなチビチビサイズの幼魚がしばらく居続けてくれた時期があり、なんとか記録写真を残すことができた。
やっぱこれくらいだと可愛いなぁ!
現在(2018年1月)までのところ、これがワタシのニシキヤッコのミニマムサイズです。
※追記(2019年10月)
上のチビターレと出会ったところとまったく同じ場所で、この秋(2019年)まだ眼状斑がクッキリ残っている若魚に出会った。
ミニマムチビターレと出会ってから2年は経過しているから、さすがに同じ個体というわけではなさそうながら、スミレヤッコほどのサイズになると、すっかりオトナの色気が出てくるニシキヤッコ。
翌日まったく異なるポイントで、もう少し成長した段階の若魚に出会った。
サイズ的には少し大きくなった程度ながら、背ビレ後端の眼状斑は、すでにボヤけ始めている。
これくらいの頃までが生意気盛りのようで、縄張りへの闖入者(ワタシのことです)に対し、敢然と立ち向かう姿勢を見せてくれるから、すぐ逃げてしまうオトナに比べてなんとも撮影しやすいのだった。
※追記(2020年6月)
実は上の追記を加えてから半月後、思いついて以来30年経ってもなかなか撮るチャンスに恵まれなかったシーンが、ついに目の前に!
ニシキヤッコがニヒキヤッコ♪
このオヤジギャグタイトルを思いついて30年、撮れそで撮れないニシキヤッコのランデブーショットが、ようやく実現……。
※追記(2020年11月)
同じ種類の魚たちはみんな同じ模様…とついつい考えがちだけど、1匹1匹にはそれなりに個性があって、細かく見ると様々な変異がある。
ニシキヤッコたちも、体側のカラフルな縞模様はけっして統一規格品というわけではなくて……
縞模様の一部が乱れているものがいたりする(体後半部の背ビレ側)。
模様の乱れというのは遺伝子的にはかなりフツーに誕生するのかもしれないけれど、ごく一部であれ他と異なるとけっこう目立ってしまうからか、変な模様のままオトナになるものは少ない。
でもなかには、かなり思い切った乱れ方をしているものもいた。
頭部を上にして見れば円周率の「パイ」に似ているこのニシキヤッコは、ゲストのIKAMAMAさんが最初に発見してくださって以来、3年くらいほぼ同じ場所に居続けてくれていたのだけれど、2020年7月に出会ったのを最後に、見かけなくなってしまった。
お亡くなりになってしまったのだろうか?
ところが昨年(2023年)、久しぶりに再会を果たしたほか、今年も出会うことができた。
お亡くなりになっただけじゃなくて、居なくなっていただけだったようだ。
それにしても、会えなくなっていたときには付近の居そうな場所を相当探し回ったにもかかわらず出会えなかったというのに、ふとしたはずみにポンと出てくるだなんて…。
つまり相当行動範囲が広いってことなのだろうか。
まだまだ元気そうだったから、きっとこれからもちょくちょく会えることだろう。
どこかで「パイ」と出会ったら、よろしくお伝えください。
※追記(2022年9月)
リーフ際や岩場のポイントではフツーに観られるものの、砂底の根にはそうそういるものではないニシキヤッコ。
ところがリーフ際における大型キンチャクダイ系のエサ事情が悪化しているのか、タテキンやロクセンヤッコと砂底の根で出会う機会がこのところ増えてきていて、今年(2022年)はニシキヤッコとも砂底の根で遭遇した。
ニシキヤッコが砂底の根にいるなんて、昔じゃおよそ考えられなかったから注目していたところ、10mほど離れた隣の根から、もう1匹のニシキヤッコが近寄ってきた。
すると…
ケンカ?
ケンカにしては、ときおり2匹でフラ…と中層に上がって、なにやら思わせぶりな動きをする。
そうかと思うと、1匹がまた隣の根に出掛けて行き、すぐに戻ってくると、再び2匹は互いにヒレを広げて円を描きつつ、相手を威嚇するかのような動きを見せる。
向こう側にもう1匹いて、互いにヒレを広げているところ。
ニシキヤッコがこんなにヒレを広げているところなんて初めて見たかも。
たびたび繰り返されるこの動きが面白かったから、ここはひとつ動画でも撮っておくことにした。
すると…
あれ?
これって、アカハラヤッコなど小型キンチャクダイ類が産卵時に見せるナズリングでは??
ナズリングとは、オスがメスの腹部に吻端を当ててナデナデする行動で、それによってメスの産卵を誘発するらしい。
…ってことは、この2匹はオスとメスだったの??
まさかニシキヤッコが昼日中から産卵するわけではないのだろうけど、オスとメスの親愛の情を示す行動であることは間違いない。
実際これをふまえたあとの2匹は2度と威嚇しあうような様子は見せなくなり、仲睦まじく2匹で行動するようになっていた。
ひょっとしてワタシ、オスとメスの出会いの瞬間からその後の発展へと続く一部始終を、余さず観ていたのだろうか…。
ともかく、「ニシキヤッコがニヒキヤッコ」というシーンをなかなか撮れないでいた数年前までがウソのように、まるで見せびらかすようにずっと2匹で寄り添い続ける2人。
なのでここぞとばかりに観ていると…
怒られた…。
魚たちにだって、ちゃんと尊重されるべきプライバシーというものがあるのだった。