水納島の魚たち

ヌリワケカワハギ

(ジョンストンニシキカワハギ?)

全長 7cm

 冒頭に追記(2021年10月)

 これまでずっと、水納島で観られるニシキカワハギ属の魚は、ヌリワケカワハギとニシキカワハギの2種類のみと信じて生きてきた。

 ところが、いつの間にやら世間にはジョンストンニシキカワハギなる新和名が登場しており、これがまたヌリワケカワハギとそっくりなんだわ。

 ちなみに、図鑑やネット上で「ザ・ヌリワケカワハギ」として登場しているものたちは、体に占めるオレンジの範囲がとても広い。

 手元の写真にも、そのようにオレンジ色の範囲が広いものがいた。

 これは岩場のポイントで撮ったもので、これは砂地のポイントと岩場のポイントの、照度その他の環境の差による体色変化なのだろう…と勝手に思い込んでいた。

 しかし、ヌリワケカワハギの特徴の一つとして挙げられるエラのあたりの縦長の黒斑に注目してみると、岩場のポイントで撮ったものにはその黒斑が明瞭に見えるのに対し…

 …冒頭の写真をはじめこの稿に掲載している、これまで砂地のポイントのリーフ際で撮った「ヌリワケカワハギ」には、その黒斑を確認できないではないか。

 ちなみにジョンストンニシキカワハギは、その黒斑が無いことが特徴のひとつだという。

 ってことは……つまりその、ここで紹介しているのはヌリワケカワハギではなく、ジョンストンニシキカワハギってこと??

 …という疑問が濃厚に残ったままなので、ここで紹介している写真をけっして「ヌリワケカワハギ」の同定の根拠にされないよう、くれぐれもご注意くださいませ。

 以下「ヌリワケカワハギ」と記されている部分は、「ひょっとするとジョンストンニシキカワハギかも…」と脳内でいちいち追記しながらお読みください。

 以上、冒頭の追記終わり。

 色彩は派手なくせに、人前に出たがらない引っ込み思案な魚は多い。

 隠れていたいのであれば地味な色でいればいいのに…といつも思う。

 このヌリワケカワハギもまた、目立つ色をしているわりにはなかなか表に出てこないカワハギだ。

 体後半部のオレンジ色は水中でもけっこう鮮やかで、出会うといつも「おっ!」と思ってしまう。

 でもいざじっくり観ようとしたりカメラを向けたりすると、あっという間に岩の隙間に入り込み、なるべく表に出ないようにスルスルスル…と秘密の回廊(?)を泳いで逃げていく。

 そんなときの彼らは、背ビレの第一棘条ことトリガー状の部分を寝かせていることのほうが多い。

 でも逃げ道に困ったり、逃げている最中に何かアドレナリンが出るような事態になると、サッと背ビレを立てる。

 その姿がなかなか凛々しい。

 このうえ尾ビレを全開にすると、ビックリするくらいキレイでかっこよく、是非写真に収めたいところなのだけれど、とにかくそういうときの彼らはなかなか表に出てきてくれないため、いつも束の間凛々しい姿を観るだけで終わってしまう。

 水納島のヌリワケカワハギは、砂地のポイントならリーフ際の壁あたりの浅いところで暮らしている。

 逃げ隠れするにはうってつけの隙間だらけだから、思う存分じっくり眺める機会はあまりない。

 でも食事中など何かに夢中になっているときは、逃げることを忘れてその場に居続けてくれることもある。

 夢中といえば。

 2匹のヌリワケカワハギが、例によってリーフ際の岩の隙間にいたときのこと。

 どうせすぐに逃げていくんだろうなぁと半ば諦めつつファインダー越しに観ていると、何かに夢中になっているらしく、すぐに逃げないという意味でなにやら様子がおかしい。

 うん?

 まるで産卵床を整えるクマノミ夫婦のようなその動き。

 まさか??

 あ。

 小さいほうが、お腹を岩肌に当てた姿勢でしばらく静止した。

 これって、ヌリワケカワハギの産卵??

 彼らが去った後に角度を変えて観てみると、そこはサンゴが剥げていて、チャツボボヤがいくつか生えていた。

 ここに産卵していたのだろうか。

 無理矢理拡大。

 あ。

 ピンボケながら、丸いツブツブ状のものがたくさん。

 ホントに産卵していたらしい。

 ヌリワケカワハギのこのシーンを観たのは、1月の朝のこと。

 1月で卵なら、2月3月にはチビチビになっているに違いない。

 ヌリワケカワハギのチビターレなんて、まったく目にしたことが無いと思っていたら、なんのことはない、自分がほとんど潜らない季節だからだったのか…(親と生息場所が異なるのかも?)。

 それにしても、岩の隙間でこんなラブラブだったとは。

 ヌリワケカワハギ、いつも隅にいるくせに、なかなか隅におけないヤツ……。

 追記(2025年11月)

 毎年春から始まるスズメダイたちの繁殖シーズン。

 とはいえ、隙間だらけの岩壁の間隙の奥やサンゴの枝間を産卵床にする種類では、その卵を目にする機会はほとんどない。

 ところが同じスズメダイでも、種類によってはあからさまにここに卵がありますと宣言しているものもいる。

 ナミスズメダイもその一人。

 わりと大きなスズメダイで、たとえ卵に寄りつく不埒者がいても、卵を守っているオスが果敢に撃退するからこそ、「ここに卵があります」状態でも大丈夫…ということのようだ。

 でもクマドリモンガラカワハギといった体の表面が丈夫にできている魚たちは、ナミスズメダイのオスが撃退しようにも、全然退散してくれないということもある。

 このヌリワケカワハギも、そういったしつこい卵キラーの一人であることが今春(2025年)判明した。

 ヌリワケカワハギよ、お前もか!(ヘラルドコガネヤッコも食べてました)

 普段はカメラを向けるだけでスススス…と陰に逃げ去ってしまうほど警戒心が高いのに、ここではカメラを向けて近寄るワタシなど眼中にないのはもちろん、卵を守るナミスズメダイに何度も何度も攻撃されても執拗に踏みとどまって、それどころか時にはナミスズメダイに反撃しながら卵を貪り続けていた。

 その様子を動画で…。

 動画ではメスと思われる他のナミスズメダイたちも集まっているんだけど、メスたちはどう見てもヌリワケカワハギと一緒になって卵を食べているようにしか見えない。

 外敵に卵を食べられてしまうような非力なオスの遺伝子を残すわけにはいかないから、卵は全部食べちゃえ!っていう掟でもあるのだろうか。

 ナミスズメダイの事情はさておき、卵という望外のボーナスに恵まれたヌリワケカワハギは、満足な様子でその場をあとにしたのだった。