全長 25cm(写真は2cmほどの幼魚)
前世紀の終盤のことだから四半世紀くらい前には、色味はいわゆる「ブダイ」にもかかわらず、その存在が「おっ!」と思わせるブダイの仲間がいた。
日本産の「ブダイ」を30種類以上も区別するというアカデミック変態社会ですら、まだ公式に「日本産」と認定していない種類、すなわちまだ和名が無いブダイだ。
世界的にも魚類分類学的に未知だったため、当時は和名どころか学名すらなかったのだ。
となれば、たとえ色柄が「ブダイ」でも、「未知」にある種のロマンを求めるヒトは、「おっ!」となっていたものだった。
学術的に「未知」ではあっても沖縄あたりではダイバーが広く知るところとなっていたそのブダイは、地味ながらとても見分けやすい色柄をしているので、いればひと目でそれとわかった。
尾ビレがオグロトラギスのように黒くなっているという特徴は、他のブダイに観られない。
特徴という意味では、まさに水戸黄門の印籠級のわかりやすさといえる。
その当時から変態ダイバーの間ではこの特徴をもとに「オグロブダイ」と通称されていたこのブダイは、やがてキチンと分類学的に正式に記載される運びとなり、通称どおり「オグロブダイ」となった。
尾が黒いという以外四の五の言わず、実にわかりやすい和名だから、誰にも異論はなかったことだろう。
ただ。
オグロブダイは「未知」だったからこそ一部のダイバーが「おっ!」となっていたのであって、これが既知かつフツーかつ地味となってしまったら、たちまち「ブダイ」の一員に組み込まれることになる。
ちなみに立派な「オス」になったオグロブダイは緑っぽくなるようながら、そうなると「ブダイ」になってしまうので海中で認識できないかも。
ビミョーにメス色を残しているものでも、尾ビレのオグロ印が水戸黄門の印籠ほどのインパクトは無くなっている。
これだけをみてオグロブダイと認識できる自信は無い。
でも同じ場所に10cmほどのもう少し若い成長段階のもの↓が居てくれると、成長に伴うグラデーション的模様変化を類推することができたりする。
まだオグロ印が残っていれば、ワタシの節穴でもオグロブダイであることがわかるのだ。
オグロ印が消えているものは20cmくらいで、図鑑的にはこのような色彩になっているものは「オス相」とされている。
でも同じようなサイズ・柄のものたちが集まって泳いでいた。
こういう様子って……メスですよね?
それにしても、あれほどわかりやすかった尾ビレの特徴が、これくらい育ってしまうとかなりあやふやになってしまうのだから、すっかり緑色が強くなってオグロ印完全消失のオスなんて、ピンでいられたらとてもじゃないけど認識できない…。
ともかくそんなわけで、地味地味ジミーであることは否めないオグロブダイ。
2000年に新種として世界デビューを果たした途端、皮肉にも単なる「ブダイ」になってしまったオグロブダイが、以後出会ったダイバーに「おっ!」と思われることは無くなったのだった(誇張あり)。
ところが、そんな「ブダイ」オグロブダイでも、思わず「おっ!!」となる場合がある。
チビターレだ(冒頭の写真)。
ブダイの仲間たちのチビにはわかりやすい縞々模様のものがけっこういて、どれもこれも似たり寄ったり。
ところがこのチビターレは地色が随分赤っぽく、吻端が仄かに黄色いこともあって、かなりのレアオーラを放っていた。
しかしそれがまさかオグロブダイのチビターレだっただなんて、撮っている時にはまったく思いもよらなかった。
画像ファイル名に記入してある撮影地によると、このチビに出会ったのはオトナにはまず出会えない砂地のポイントで、背景から察するにリーフ際の浅いところと思われる。
これくらいのチビターレなら、砂地のポイントでもいるわけか…。
あいにく後にも先にもオグロブダイのチビターレに出会ったのはこの時かぎりで、よく出会うチビといえば↓こんな感じ。
これで5cmほどで、吻端の黄色味にチビターレの名残りは観られるものの、ストライプなど微塵も無く、尾ビレにはもうしっかりオグロ印が出ている。
5cmくらいでこんな感じのチビが、よもや冒頭の写真のような色柄のチビターレ時代を過ごしていようとは……。
やっぱりブダイは、チビターレにあり。(※個人の感想です)
※追記(2021年2月)
久しぶりに岩場のポイントに行ったら、少なくともこれまで撮ったことがない、ひょっとすると観たことすらないオス色のブダイの仲間がいた。
オス色をしているわりには小ぶりなので、手にしている105mmマクロレンズ装備のカメラでも撮れそうだ。
パシャ。
いやはや、紫色のラインがエキゾチックな、やたらと派手な色彩が際立つブダイちゃん、はてさて、何ブダイだろう??
…なんてのんきに図鑑をめくっていたら、なんと彼こそがオグロブダイのオスなのだった。
上記にて「ピンでいられたらとてもじゃないけど認識できない…」と述べているのは、謙遜でもなんでもなかったことがよくわかる。
どこにでもいるってわけではないけれど、どうやら潮通しのいいドロップオフっぽい環境が好きなようで、いる場所に行けばやたらと個体数が多いことも分かった。
水温が最も低い季節は、↓このように気合いが入っている色を呈していることが多かったんだけど…
↓真夏はそうでもなかった(クリーニング中だからというわけではない)。
彼らの恋の季節は春先なんだろうか?
それにしても、チビターレといいダンディ・アダルティといい、潔いほどにまったく「尾黒」と関係ない。
というか、和名のいきさつをご存知ないと、このオスの色模様をして「オグロブダイ」なんて言われても……ってところだろうなぁ、きっと。