水納島の魚たち

オトメハゼ

全長 15cm

 水納島の砂地のポイントで潜れば、サルでも出会えるほどたくさんいるオトメハゼ。

 白地に黄色い点々という、一見清楚っぽいたたずまいから「乙女」なんて名前がついたのだろう。

 たしかにその姿は、今宵の斬鉄剣がひと味違う切れ味を見せてくれそうなくらいに可憐だ。

 オトメハゼがよく見られるのは砂底で、ところどころに転がる死サンゴ石の下などを利用して作った巣穴の近くに、夫婦仲良く並んでいる姿をよく目にする。

 同じクロイトハゼ属のアカハチハゼは常時海底から10cmくらい上でホバリングしているのに対し、オトメハゼはピトッ…と着底していることのほうが多い。

 冬から春にかけてはこのようにペアでいるか若魚が単独でいるけれど、初夏から夏場にかけて一気にベビーブームを迎えると、住宅難のためかひとつの巣穴を、ペアの他に大小様々な多数のチビチビオトメハゼが利用していることもある。

 そんな彼らが危険を感じて皆一斉に巣穴に帰る様子は、まるで小さな小屋に無理無理全員入っていくサザエさん一家のようですらある。

 間借りは同種にだけ許容するわけではないらしく、ヒメクロイトハゼの稿でも紹介したようにヒメクロイトハゼが緊急避難をしにくることもあれば、ハチマキダテハゼがどういうわけだか自身の巣穴から離れて逃げてしまい、気がつくとオトメハゼの巣穴に避難しようとしていたこともある。

 オトメハゼ、なかなかの寛容の精神の持ち主らしい。

 ペアでいるオトメハゼは、複数用意してあるらしき巣穴から少し離れたところで、仲良く食事をしている。

 アカハチハゼやクロイトハゼのペアのような、儀式にも似たかわりばんこ感はないけれど、オトメハゼもまた、わりとかわりばんこに食事をする。

 遠目に観ると可愛げがある食事風景ではある。

 しかしよくよく観てみると、まず大口を開けて砂に突っ込み、砂ごと口に入れ……

 不要な砂粒を口から吐き出す……

 エラから吐き出す……

 ホバリングして吐き散らす。

 さすがクロイトハゼ属の魚、その食事の仕方には、乙女っぽさは欠片もない。

 もっとも、オトメハゼたちがこのように食事をしてくれるおかげで、不要な有機物が溜まりすぎることなく、砂底はキレイな状態に保たれている。

 クロイトハゼ属の魚たち、とりわけ数が多いオトメハゼは、いわば砂底クリーナーなのだ。

 そんな乙女らしからぬオトメハゼのペアを観ていると、おそらくはオスであろう片方が、やたらと気張り始めた。

 メスに対してアピールしているのだろうか。

 それとも、近づくワタシのカメラ器材のガラス面に映る己の姿をライバルか何かと勘違いして張り合っているのだろうか。

 やがてカメラに顔を向けつつ、気張りポーズをしてくれた。

 やっぱメスに対してのアピールなんだろうか。

 それにしてもなんという口。

 「乙女」ハゼだなんて、いったい誰が名付けたんだ??

 追記(2020年3月)

 オトメハゼの稿をアップしたばかりの今年(2020年)1月、他の場所ではなかなか観られないくらいでっかく老成したオトメハゼのペアに出会った。

 水納島の砂地のポイントならごくごくフツーに観られるオトメハゼながら、ここは砂底といいつつサンゴ礫の量がやたらと多く、底砂も礫混じりになっている。

 そうすると若魚サイズくらいまでのオトメハゼは暮らしづらいのか、オトメハゼがほとんどいない。

 でも熟年サイズだったら、礫混じりであろうと苦にならないらしい。

 老成するとふてぶてしくなるのか、水温が低い時期だというのに無造作に近づいてもさほど気にする様子も見せず、いつものように底砂をボイボイボイボイしている。

 オトメハゼといいつつ乙女らしからぬ、いつもどおりのお下品な食事シーン……

 ……と思ったら、どうも様子が違う。

 食事をするときはボイボイして口に含めた砂を、その場でエラからワラワラワラ…とこぼすものなのに、目の前のペアは、他所で口に含めた砂を、別のところに持ってきて口からダーッと吐き出しているのだ。

 砂ばかりではなく、ときには礫を咥えて運んできては、意図ありげに礫を置く、とう作業を繰り返している。

 これはひょっとして……?

 ずっとハゼに注目していたのを、一歩引いてみると…

 おお、巣穴の周囲に堤を作っている!!

 なんとオトメハゼ、巣作りをしていたのだ。

 オトメハゼと同じクロイトハゼ属のクロイトハゼも、オトナになるとかなり大規模に巣の工事をする。

 そのシーンは観たことがあるけれど、オトメハゼがこのような作業をしているのを観るのは初めてかも。

 工事はカップルどちらも作業していて、おそらくはオスであろう1匹は、巣穴に入っては砂や礫を咥えて出てきて、堤工事の材料にしていた。

 その様子が面白かったので、ついつい長めに動画で撮ってしまった。

 アルコール切れプラス寒さで震える片手で撮っているため、手振れはご容赦ください……。

 オトメハゼの巣作りは、この時期ならではなのだろうか、それともホントは年中観られるのだろうか。そういえば先述の若いカップルのオスの熱烈アピールは、この数日前のことだった。

 ワタシがクロイトハゼの熟年カップルが巣作りしているのを観たのは夏のことだったけれど、そういえば今月初めにオタマサがクロイトハゼが1匹で巣作りらしきことをしているのを見たという。

 夏に観たクロイトハゼはメスのお腹がパンパンで臨月状態だったのに対し、この日のオトメハゼは通常体型に見えた。

 冬の間も繁殖時期なのか、それとも準備期間なのか。

 いずれにしても、こうして一生懸命セッセと巣作りをしていても、近くのヤシャハゼやヤノダテハゼを撮ろうとする「カメラ派」ダイバーの足ヒレなどで、何日もかけた作業がヒト蹴りで崩されるのだろうなぁ…。

 ホント、自分も含め、海の中のスモールライフにとっての「カメラ派」ダイバーなんて、そのほとんどが地球にとってのトランプやボルナソーロと大して変わらない存在であるに違いない。

 それでもオトメハゼの工事は、まだまだ続く。

 追記(2022年12月)

 オトメハゼの口はもっぱら愛の巣作りのため…

 …なのかと思いきや、別の用途があることも知った。

 この年(2022年)の梅雨時のこと、分厚い雲に覆われているためにかなり暗い海中で、妙にアツい2人がいた。

 手前がメスらしく、お腹がパンパンに膨れている。

 ペアで仲良く交互に砂底のエサを食べているこの2人、その「仲良く」ぶりが妙なのだ。

 というのも、交互にエサを食べているはずなのに、メスときたら…

 …大きな口を開けてオスの体にちょっかいを出す。

 たまたま口を開けたところにオスの体があったのかな…と最初は思ったのだけど、そうではなく、エサを食べながらもしきりにこれを繰り返していた。

 ガブ…

 ガブ…

 ガブ…

 それぞれの「ガブ…」の間にはエサを食べるインターバルがあって、オスもメスもフツーに食事しているのに、どういうわけか先を行くオスにメスがガブ…とやる。

 オスはといえばどう見てもただ受け入れているだけで、しかもイヤがっているっぽいのに、ずっとメスにやられっぱなしだった。

 1度だけオスが反撃をして、その際はけっこう激しい動きになりはしたものの、だからといってペアが別々になるわけではなく、引き続きお食事。

 メスがもう卵を産みたくて仕方がなくなっているというのに、相次ぐ産卵で精も近も尽き果てている淡泊なオスにはまったくその気がなくて、イライラしてきたメスが矢のような催促…

 …ということだったら面白いなぁ。