水納島の魚たち

リュウグウベラギンポ

全長 18cm

 もう前世紀のことになる。

 とある砂地のポイントで潜っていたとき、水深20m前後のところで、10mくらい先に、砂底から30cm上あたりに群れ集う、10cm〜20cmほどの白くて細長い魚たちに気がついた。

 それまでちょくちょく来ていたにもかかわらず、見かけたのはその時が初めてのことだから、どうやら季節限定らしい。

 ただし正体を確かめようにも、軽い気持ちで近寄ると彼らは集団のまま同じ距離を保つように遠ざかっていくので、容易に間近で見ることができない。

 白く細長い魚で、砂底からちょい上をホバリングしている魚といえば……?

 ということだけを頼りに、これはクロエリオオメワラスボが繁殖期を迎えて集団を作っているに違いない、という結論に強引に達した。

 ところが、当時暇を持て余していた有名になる前の某海洋写真家も実際に目にして言うことには、

 「あ〜れは、ホンマにクロエリオオメワラスボかぁ?ベラギンポみたいやで」

 と疑問をぶつけてきた。

 そう言われると、ワタシも10m以内で見ていないだけに根拠は何ひとつない。

 ここはひとつ白黒ハッキリさせるべく、じっくり確かめてみよう。

 当時は本島から潜りに来るダイビング業者など限りなくゼロに近かったから、思い立ったらいつでも行けたのだ。

 さっそく現地にて、まずは10m、次は8m、どうせなら5m、ここまで来たら2m……と徐々に間を詰めていくうちに、この集団がクロエリオオメワラスボとは似ても似つかない魚たちであることがわかってきた。

 どうやら某海洋写真家が言うように、ベラギンポの仲間であるらしい。

 ベラギンポはギンポという名がついているけれどまったく違うグループで、ベラギンポ科ベラギンポ属の魚たちだ。

 前世紀当時も図鑑などでその姿は目にしてはいた。でもまさか彼らがこのように集団になって群れ泳いでいようとは思いもよらなかった。

 このまま彼らがボーッと群れているだけだったら、ベラギンポの仲間で終っていたことだろう。

 しかし季節柄なのか、ジッと観ていると集団の中の大きめの個体が、見紛いようのない動きを見せるではないか。

 おお、その姿は!!

 リュウグウベラギンポ!!

 リュウグウベラギンポは砂地にいると聞いていたので、かねてからぜひ見てみたい魚の一つだったというのに、この時までまったく気づかなかった……。

 それ以前にも、砂底でチョコンと休憩していたり……

 そこから危険を感じて砂の中に潜り、顔だけ出しているベラギンポの仲間には何度も出会っていた。

 ただ、図鑑だけが頼りの当時では、まさかこれがリュウグウベラギンポのメスだとは知らず、別種のザ・ベラギンポだと思い込んでいたのだ。 

 彼らはざっと見渡してみて50匹くらい群れているようで、聞くところによると1匹のオスが10匹前後のメスを従えるハレムで、それらがいくつか集まって集団になっているらしい。

 メスからオスに性転換するというから、オスの存在がハナダイやイトヒキベラのような感じの群れなのだろう。

 彼らの群れは季節に関係なく観られることもあるのだけれど、夏までだとどれもまだ小柄で、オスのディスプレイ時のカッコイイ姿をなかなか観ることができない。

 ただボーっと群れているだけだと、リュウグウベラギンポはただ白くて細長いだけの冴えない魚にしか見えないから、観ていてもつまんないのだ。

 繊細な模様を配したその体はなかなか美しいとはいえ、そもそも彼らは近づかせてくれないし、じっくり観させてもくれないので、せいぜいこのような状態でしか観られないことになる。

 それが秋になると、水深20m前後の砂底上でホバリング集団が見られるようになり、繁殖期を迎えるからなのか、メスに比べて二周りほど大きく育っているオスが、周囲のメスたちに対してやる気モードで迫る様子を観ることができる。

 上の写真で左にいるオスが、右にいるメスにスルスルスルと近づいていき……

 パッと各ヒレを広げる。

 ただボーッと群れている様子からは想像もできないこの姿。

 冒頭の写真のようにわざとコントラストを強めてみると、なんだか深海からの使者といった風情もある。

 やはりリュウグウベラギンポといえば、オスのディスプレイが欠かせない。

 その姿を是非写真に撮ろうと頑張ってみるものの、そのような行動を見せてもらうためには、彼らにリラックスしていてもらう必要がある。

 ところが気をつけてそっと近づいているつもりでも、彼らはすぐに危険を察知し、サーッと群れのまま離れていってしまう(すぐさま砂中に潜るよりも、離れていくことのほうが多い)。

 複数のハレムが集まっている集団だからだろう、そうやって逃げる際には二手に分かれることもザラで、そこからまた元の落ち着きを取り戻してもらうよう、我慢しつつジッとして……

 …ということを繰り返しているうちに、あっという間に時間が経ってしまうのだった。 

 近年ではこのリュウグウベラギンポにそっくりながらもヒレに黒点が散らばる別種も見つかっているようだ。

 環境的に水納島にいてもおかしくはないんだけど、今のところ目にしたことはない………

 …といいつつ、リュウグウベラギンポだってそうだと気付くまでに随分時間がかかったから、ひょっとすると観ているのに気づいていないだけかも?