水納島の魚たち

タイワンブダイ

全長 30cm

 ブダイの「ブ」には諸説あって、ヒラヒラ舞うから「舞」鯛であるとか、武張った顔つきだから「武」鯛だとか、鯛にあらずだから「不」鯛だなどと言われる一方、醜いから「醜」鯛なのである、というもっともらしい話もある。

 なんだかんだいいつつもオトナのオスになれば、色彩的にはむしろ色鮮やかなほうなのに「醜」だなんて……。

 しかし本家本元のザ・ブダイは、なるほどたしかに色柄的に美麗とは真逆の世界をひた走っていて、こりゃ鯛と比べられては「醜」かも……とついついナットクしてしまう。

 タイワンブダイはそんな本家ザ・ブダイと近い仲間で(ブダイ属)、ザ・ブダイが沖縄近海にはいないために、ブダイの「醜」ダイたる所以を一身に背負ってアピールしている。

 水納島の砂地のポイントの場合、タイワンブダイはリーフエッジ付近からリーフ上といった浅いところをもっぱらの暮らしの場にしていて、普段は薄い色をしてブイブイスイスイ泳いでいる。

 冒頭の写真は同じオスで、ちょっと興奮モードになっている色味の状態だ。

 メスを相手に盛り上がっているオスは、胸のあたりの白い部分を大きくしつつ、いっそう「醜」ダイになってリーフ際付近をウロウロしているから、その際立った「醜」ダイぶりが妙に印象に残る。

 多くの魚たちでは、オスがメスにアピールする際には普段よりも色彩豊かになるのがもっぱらなのに、普段の色味にあえてエイジング加工を施したような色合いでメスに迫るタイワンブダイのオス。

 もっとも、そんなオスにアピールされるメスもまた、地味度合いは甚だしい。

 まだ若魚からメスになりたてくらいの小柄な個体は、リーフ際付近の海底付近でチラホラ観られる。

 ただし同じように地味な他のブダイ類の若魚〜メスと一緒に泳いでいることが多く、パッと見は全部一緒に見えてしまう。

 どっちにしろ地味地味ジミーなブダイの若魚〜メスをいちいち区別して見よう、なんていう酔狂なヒトはそう多くはないだろうから、この時点でスルーは確定的だ。

 でも地味地味ジミーなブダイ属のブダイのフォルムは、ゴンべ類のように着底してジッとしそうな雰囲気を醸し出している。

 ゴンべのフォルムに似ている…と思って観てみると、他の地味地味ジミーなブダイ類との区別は容易で、なおかつその顔つきも妙に可愛く見えてくる。

 こんな顔をしながら、ときには2匹が一緒になって遊んでいることもある。

 30cmほどあるオスとは違い、若魚〜メスあたりのサイズは10cmほどと小柄で、フォルムはゴンべに似ているし、顔はなにげに可愛いし、おまけに同じブダイ属のチビブダイという小型の種類もいるはずだから観てみたい…ということもあって、このところ個人的注目株のタイワンブダイ。

 おかげでダイビングを始めて35年にして、初めてタイワンブダイにカメラを向けているワタシなのだった…。 

 追記(2021年11月)

 2021年シーズンは、上記した興味を引き続きキープしてブダイ類のチビにも注目していたから、初夏以降にリーフ際の死サンゴ転石ゾーンに現れ始めるタイワンブダイ・チビターレの姿もよく目につくようになった。

 タイワンブダイ・チビターレはサンゴの枝間を拠り所とするタイプではないようで、石が折り重なるようにして転がる浅い海底に、各種ベラベラブダイのチビたちとともに、目立たぬようにして暮らしている。

 これくらいのサイズ(2cmほど)の頃は、ノドグロベラのチビのように「ワタシは千切れ藻…」的なカモフラージュ泳ぎもするようながら、面白いのはもう少し成長して4cmくらいになっている子たち。

 チビの頃からやっぱり地味なタイワンブダイは、地味だけに目立たないから底付近にいるだけで危機を避けられそうなものなのに、ワタシがカメラを向けてしつこくつきまとうと……

 「ワタシは枯葉…」

 とばかりに、体の向きを縦にしてしばらくジッとするのだ。

 最初に目にしたときはたまたまその子だけの特徴なのかと思ったものの、死サンゴ転石ゾーンにやたらといるチビたちは、皆が皆…

 「ワタシは枯葉…」

 「ワタシも枯葉…」

 「もちろんワタシも…」

 …と、そこらじゅうで枯葉祭りになる。

 その直前までオジサンのチビと一緒にちゃんと横向きで泳いでいたって、「ピンチ!」と思えば…

 …1人だけ「枯葉…」になるタイワンブダイ・チビターレ。

 魚食性のプレデターたちは、獲物に縦向きになられると、「魚」と認識できないという弱点でもあるのだろうか…。

 ともかくタイワンブダイたちが自然淘汰の果てに現在があるということなら、いざというときのこの「ワタシは枯葉…」もまた、その繁栄のヒミツのひとつなのかもしれない。

 追記(2023年1月)

 夏場はいつも張り切っている感があるタイワンブダイのオスは、昨夏(2022年)もやはり張り切っていた。

 上記本文でも紹介しているとおり、普段は出していない胸の白い模様が出ているってことは、興奮モードになっている証だ。

 何に対して興奮しているのかというと、それはもちろん、オスよりも地味地味ジミーなメス。

 オスが興奮モードだからといってすぐさま産卵シーンが観られるわけではないとはいえ、この地味地味ジミーなメスもまたソワソワして中層を泳ぎ始めたら、それは産卵シーンが近い印。

 ベラやブダイたちの場合、満潮を過ぎて潮が引き始めてから産卵開始というパターンが多いように思うのだけど、いくらでも例外はあるらしく、このときはまだ満潮に向かっている時間帯だった(午後2時の満潮まであと1時間といったところ)。

 でも完全に産卵誘因モードに入っているオスは俄然張り切っており、誘われてその気になったメスはフラフラ〜と中層へ。

 そして…

 産卵。

 このコンマ1秒後にプシュッと放卵放精になる(その瞬間をはずした…)。

 産卵に至る瞬間に身をひねるから、よりによってお腹側から撮ることになっちゃったのだけど、そのおかげで肉眼では確認できない部分を見ることができた。

 輸卵管(矢印の先)。

 オスのお腹に小さく見えている黒ポッチリは輸精管なのだろう。

 スズメダイ類などでは肉眼で確認可能な器官ながら、ブダイ類ではひょっとすると秘部中の秘部かもしれない?