水納島の魚たち

タレクチベラ

全長 60cm

 シマタレクチベラのクチビルくらいで呆気に取られていたら、タレクチベラに出会ってしまったが最後、開いた口が塞がらなくなってレギュレーターのセカンドステージが落っこちるかもしれない。

 春の前線が街を彩りまくっているほどに咲き乱れているクチビルの持ち主、それがタレクチベラだ。

 なにしろそのクチビルときたら……

 もはやマンガの域に達している。

 そのうえタレクチベラは、オトナになるとシマタレクチベラよりも遥かに大きく、老成すると80cmにもなるという。

 水納島ではマックスで60cmといったところ(冒頭の写真)。

 シマタレクチベラがリーフエッジやリーフ上でも観られるのに対し、タレクチベラがそういったところにいることはまずなく、そこから一段深くなる、サンゴ礫が多数転がるゾーンでよく観られる。

 たまに砂地の根に遠征しているものを見かけるけれど、やはりよそ者扱いされるらしく、その根のボスであるユカタハタにかなり邪険にされているようだ。

 印象派過ぎて悪目立ちしているのかもしれない。

 その点死サンゴ石が転がるゾーンではのんびりしたもので、この分厚いクチビルを使って海底や岩肌にボイッとかぶりつき、おそらくは小動物であろうエサを砂礫もろとも飲み込む。

 そして不要な砂礫を口からブハッと出すのもシマタレクチベラと同じなのだけど、ナリが大きいだけに、吐き出す砂礫の量もものすごい。

 砂底や礫底に蠢く小動物たちとしては、こんだけ豪快にやられては、次はいつ自分の番かと生きた心地がしないだろうなぁ。

 その様子の動画はこちら。

 シマタレクチベラよりも大きなタレクチベラは、寄らば大樹の陰の「大樹」として多くの魚に頼られることが多い。

 ライディングと呼ばれる隠れ蓑作戦が特異なヘラヤガラにとっても、死サンゴ石ゾーンをのんびり泳ぐタレクチベラは格好の拠り所になるようだ。

 寄り添っているヘラヤガラに利はあっても、タレクチベラにとって寄り添っているヘラヤガラなんて邪魔なだけだろうに、彼は意に介することなくその大きなクチビルで海底を漁る。

 巨大なクチビルでボイボイやられてしまえば、タレクチベラの目当てではない小動物まで日の下にさらされることになる。

 そのおこぼれに与かろうと、同じく海底生物ハンターの魚たちがつきまとう。

 すると、ズンズンと泳ぎ行くタレクチベラは……

 いつしか水戸黄門御一行になるのだった。

 普段は基本的に単独で暮らしているタレクチベラにも、雌雄の差はある。

 オスは全体的に緑がかりつつ、腹部にだけ白っぽい部分が残る。

 …というのがオスの特徴と思っていたのだけれど、まだ水温が低い5月に出会ったビッグオスは、お腹のところは全然白くなっていなかった。

 お腹のあたりが白くなるのは、夏場のやる気モードの時なのだろうか。

 ↑これが水納島で観られるタレクチベラのマックスオスで、もう少し若いオスは↓こんな感じ。

 メスはそれよりもやや小ぶりで、上半身と下半身がオスよりもコントラスト強めに塗り分けられている。

 大きなオスがやや小ぶりなメスを海底付近で追いかけている様子を夏場に観ることはあるのだけれど、産卵はおろかメスを産卵に誘うようなオスのアヤシゲな行動はいまだ観たことがない。

 シマタレクチベラとは場所や時間を別にしているのだろうか。

 タレクチベラの子供たちはオトナよりも浅いところで暮らしており、10cm弱くらいの若魚なら行動はほぼオトナと同じだから、海水浴場でさえそこらで目につくことだろう。

 5cm弱くらいのチビはツートンカラーのコントラストがより強く、クッキリハッキリ目立つ色柄だ。

 また体のサイズに比した目玉の割合が大きく、色味といいデザインといい、これまたある種マンガキャラのよう。

 これはこれでかなり印象派だ。

 ただし、シマタレクチベラのチビがリーフエッジでフツーに観られるのに対し、タレクチベラのチビはそのあたりでは稀で、前述のとおりリーフの中の浅いところのほうが多い。

 多いとはいっても小さい頃の彼らは隠れ家となるサンゴの枝間への依存度がまだ高いから、目立つ体色のわりには存在はさほど目立たない。

 5cmほどのチビでさえ通常のボートダイビングで出会う機会は少ないくらいだから、さらにチビターレとなると随分場所を選ぶようになる。

 リーフの外なら、リーフが入り組んでいる最奥部のサンゴ群落あたりくらいしか、チビターレに会う機会はない。

 ところがリーフの中のサンゴ群落なら、そこかしこでチビチビの姿を拝むことができるくらいに数は多い。

 数cmくらいのチビターレは……

 シマタレクチベラと同じく、地味地味ジミーな目立たない色合いなので、これからオトナの姿を想像するのはなかなかムツカシイ。

 さらに小さな15mmほどのチビチビは…

 身をくねらせつつ、サンゴの枝間から出たり入ったりしている。

 タレクチベラのチビターレカラーはシマタレクチベラに似ているけれど、タレクチベラのチビターレは白線のうちの1本がクッキリと太い。

 一方シマタレクチベラのチビターレは…

 白線が全部細い。

 この特徴をもとに見分けられる…ということになっているから、ともかくそういうことにしておこう。

 では5mmくらいの激チビターレは、シマタレクチベラ同様タレクチベラもウンコ擬態なのだろうか。

 気になるところながら、ウンコ擬態の5mmほどの激チビターレシマタレクチベラは、実はタレクチベラではないのか?と問われたところで、ワタシには確かめるすべはない。

 なにしろウンコ擬態激チビターレはすべてシマタレクチベラ、ということにしているのだから。