全長 60cm
体験ダイビング中のゲストが「あれはいったい何??」と指差す魚のランキングがあるとするなら、ダントツ第1位の座に輝くであろう魚、それがヘラヤガラだ(※当社比)。
大きい、というのも目立つ理由ではあるものの、なんといってもこのウマヅラ。
馬面というのは「馬のように長い顔」という意味なのに、このヘラヤガラにいたっては、馬よりも長いウマヅラである。
ちなみに英名ではトランペット・フィッシュという。
馬であれトランペットであれ、こんなのどかな顔をしているくらいだから、さぞかしのんびり暮らしているんだろう……
…と思いきや、実はそうではない。
こう見えて彼は、本格派のハンターなのである。
小魚たちが群れ集っているところに、さりげなくフラフラ〜ッと忍び寄ってはシュッと動き、一瞬の早ワザで小魚を飲みこんでしまうのだ。
にわかには信じがたいという方には、紛れもないその証拠をば。
なにやらヘラヤガラの口が膨らんでいる??
よく観ると……
哀れフタスジリュウキュウスズメダイ、まさか昼日中からヘラヤガラに食べられてしまおうとは…。
くつろいでいるときも狩りをしているときも、たいてい単独で暮らしているヘラヤガラだけど、ハタや大型のベラなど、比較的緩やかに泳ぐ魚の背後にピタリと寄り添うように泳ぎつつ、それらの魚に狙われる恐れのない小魚たちが安心している隙をつく、というちょっとしたワザも持っている。
この隠遁の術、魚類生態学的英語ではライディングというのだけれど、日本語になると「隠れみの」というそうだ。
学術用語をなるべくわかりやすいものにしてくれるのはありがたいとはいえ、今どきの若い世代にとって、「隠れ蓑」という言葉ははたして「わかりやすい言葉」なのだろうかという不安もなくもない…。
ともかくこの「隠れみの」、本人たちは相当自信を持っているようで、いろんな魚にくっついているのを見かける。
最も目にする機会が多いのは、大型のハタ類だ。
これはアカジンことスジアラに寄り添っているところ。
肉食系の魚に寄り添ってたら、エサとなる小魚にむしろ逃げられちゃうんじゃね?と心配になる。
しかし実際は、スジアラにとって自らがアウトオブ眼中であることを知っている小魚たちは、慌てふためいて逃げたりしないのだろう。
なのでヘラヤガラは、こうしてハタに寄り添いながら、時々……
…アクションを起こしている。
ハタ類以外に目にする機会が多いのは、大きなタレクチベラだ。
タレクチベラは、その巨大なクチビルを使って海底の砂や礫ごと砂中に潜むクリーチャーをゲットし、口やエラから砂や礫をバラバラこぼす食事をする。
なのでヘラヤガラが目当てにしている魚とバッティングすることがないので、隠れみのにはうってつけなのだろう。
ただしこのタレクチベラは、ヘラヤガラだけの専用バディではない。
海底を豪快に漁って食事をするものだから、そのおこぼれに与かろうという魚たちは多い。
そして彼らもまたタレクチベラと行動を共にするから、しまいには……
…水戸黄門御一行になってしまう。
これはこれで、ヘラヤガラにとってはどうなのよ?
タレクチベラや大きなハタ類にとっては、ヘラヤガラがまとわりつくのはさほどイヤなことではないらしい。
でもヘラヤガラは時として相手かまわずに「ライディング」をしようとすることがあって、傍から見てもそれはあまりにも無茶ブリでしょ…ということもある。
リーフ際の流れが当たらないところで、のんびりごきげんそうにゆったりしているコクテンフグを観ていたら、横からヘラヤガラがヌーッと近づいてきた。
ただの通りすがりかと思いきや……
なにやらコクテンフグにご執心の模様。
ひょっとして……
コクテンフグにライディング??
ようやく事態を察知したコクテンフグは、たまらず逃げ出した。
しかしひとたびライディングすると決めたヘラヤガラにとっては相手の都合など関係ないので、イヤがって逃げるコクテンフグにしつこくつきまとう。
そのヘラヤガラの執着ぶりもなかなかのものながら、コクテンフグのイヤがりようも半端ではなかった。
「ヤダッ、ヤダッ、ヤダーッ!!」という声が聴こえてきそうなほどの強烈な抵抗を受けて、さしものヘラヤガラもついにライディングを断念。
自身の手で平安を掴んだコクテンフグは、なんだか得意気だ。
近頃の人間界ではそのままヘラヤガラを背負いつつストレスを抱えて生きていくタイプのヒトが増えているようだけど、ここというときに強力に意思を表明しなければ掴めないシアワセもある、ということを、コクテンフグは静かに教えてくれたのだった。
さて、オトナのヘラヤガラはもっぱら自らの餌ゲットのための「隠れみの」作戦である一方、チビはチビで身を守るため、ホントの意味での「隠れ蓑」として何かに寄り添っていることが多い。
これは、ムチカラマツという針金のようなサンゴに寄り添っている、10cmちょいほどのヘラヤガラ・チビターレ。
その他、ウミシダに寄り添ったり……
イソバナに紛れ込んだり。
あまり動かないモノ、というこだわりはないようで、時にはこんなものに寄り添っていることもある。
たしかにイセエビの触角も細長いけど…。
いざとなれば生き物でなくてもいいらしく…
ロープにだってピトッ…と寄り添う(ロープの太さは14mm)。
ただしこのロープは、予備のアンカーロープだから、我々がダイビングを終えて島に戻る際には船上に引き上げることになる。
やっと手に入れた彼の「安心」は、ほんの束の間でしかない…。
一連のチビヘラヤガラの写真でも観られるように、ヘラヤガラはカモフラージュのために巧みに体の模様を変える。
オトナになると、身を守るために模様を出すことはほとんどなくなるかわりに、興奮すると出て来る縞模様がある。
この時の彼の正面には、別のヘラヤガラが同じような模様を出して対峙している。
どうやら何かを巡って争っているらしく、お互い向かい合いながら、まるで見えない綱を引き合っているかのように押しては引き、押しては引きを繰り返していた。
繁殖時期のオス同士の争いなのかなんなのか、夏場に目にすることがちょくちょくある。
このような横縞を出すかと思えば、ピンストライプのような縦縞を現すこともある。
幼魚同様、これはカモフラージュ用のような気がするけど、この模様を出しているものと、綱引きをしている時の模様を出しているものと、ノーマルカラーの3匹が慌ただし気に一緒に泳いでいることもあったから、模様にどういう意味があるのかは定かではない。
そういった一時的な体色変化ではなく、ヘラヤガラはガラリとその体色を変えることもある。
先述のフタスジリュウキュウスズメダイを食べていたヘラヤガラもそうだったように、ヘラヤガラにも黄化個体がいる。
たしかな観測ではないものの、砂地の根に進出しているヘラヤガラはノーマルカラーが多いのに対し、リーフエッジやリーフ際にいるものに黄色い子が多い気がする。
そんなキレンジャーがもう少し深い砂地の根に行くと……
中間段階っぽい色になっているものがたまに観られる。
リーフエッジ付近は浅くていろいろとカラフルだからなにげに隠蔽色になっている黄色も、赤系が吸収されて黄色だけがやたらと目立つ水深では、鮮やかな黄色のままでいると何かと不都合なことが多いのだろう。
そんなに派手なキレンジャーでも、やっぱり隠れみの作戦。
こんな目立つ魚にくっつかれたら、ギチベラもいい迷惑……
…と思ったものの、そういえばギチベラも黄化個体がいるんだった。
ところでこのヘラヤガラ・キレンジャーはオトナになってからというわけではなく、チビターレの頃から不完全ながら黄色くなっている子もいる。
ウーム……ヘラヤガラにとっての黄色とはいったい?
わかった、やっぱりカレーが大好きだからでしょう!
体を張ってバツ印を出されてしまった……。