ハリセンボンという名前を聞いても、食材、食べ物という感じにはならない。その点、市場も食堂も心得ているもので、この料理をハリセンボン汁などといったり、魚を「ハリセンボン」という名で売ったりはしない。
ハリセンボンのことを、沖縄ではアバサーという。
そして、アバサーと聞いてイメージするのはどうしても食材や料理になるから不思議だ。
このハリセンボンは、フグの仲間ではあるけれどフグのように肝に毒はない。だから素人がいくらでも調理できる。
食べ方は汁にするのが定番だ。
その名をアバサー汁という。
一匹あたり、それほど多くの身が取れるわけではないものの、その豊潤な体からあふれ出る出汁が、味噌とあいまってこのうえない妙味となる。
その際、肝を入れるか入れないかというところで好き嫌いが分かれるようだ。
水納島の人の意見は入れるということで一致している。
肝をつぶして入れると、汁にコクというかうまみというか、とにかく一味加わるのである。
だから、それを好む人が肝の入っていないアバサー汁を食べると、とっても物足りなく感じることになる。
「あそこの店のアバサー汁はダメ」
という評価につながるのだ。
それまでは膨らませてナンボという程度の魚だったハリセンボンは、某有名海洋写真家のせいで、今では押しも押されもしない超人気アイドルになっている。
そんな世の中でハリセンボンを食べるなんていうと、まるでクジラやイルカを食する日本人を見るグリーンピースのような目で見られてしまうかもしれない。
でもいいのだ。
アバサー汁の味を知っている人生と知らない人生を比べるなら、知っている人生のほうが、その味同様、よほどコクとうまみがあるのだから。