●海と島の雑貨屋さん●
写真・文/植田正恵
月刊アクアネット2024年5月号
「ミミグイ」と聞いてそれが何のことだかすぐに思い浮かべられる人は、相当の沖縄通といえる。
県民でさえご存知ではない方のほうが多いかもしれないミミグイとは、沖縄方言でキクラゲのことをいう。
それを私が初めて知ったのは、四半世紀ほど前のことで、ちょびっとだけ生えていたキクラゲを見ながら、島のおばあが教えてくれたのだった。
当時それはあくまでも水納島限定の通り名なのだろうと誤解していたのだけど、実は全県的に通用する方言名であることを後年知った。
キクラゲは温帯から熱帯まで広い地域に分布しているキノコの一種で、クワやカシ、ニレなどの倒木に生える。食品として流通しているキクラゲはもっぱら乾燥した状態で売られていて、そのほとんどは中国産だ。
飲食店では中華料理やラーメンの具材に登場することもあり、独特の食感を楽しめるものの味自体で主役に躍り出ることはない。
その独特の食感がクラゲに似ていて、木に生えるから「キクラゲ」という名になったそうだ。ただし漢字は中国語のまま「木耳」。きっといにしえの中国の方々は、キノコ本体がヒトの耳の形に似ていると思われたのだろう。
方言でミミグイというのも、その形に由来しているに違いない。
新たな切り株から成長し始めているキクラゲ。キクラゲは日が当たりすぎても、陰になりすぎでもよくないらしく、生長には適度な湿度も必要のようだ。日差しが強い沖縄ではあっても、場所を選びさえすればキクラゲにとってわりといい条件が揃っているらしく、最近県内では木耳栽培を始めた農家さんもいると聞く。それがうまく軌道に乗れば、今後生キクラゲを手に入れる機会も増えるのかもしれない。
十数年前に石垣島に住む友人を訪ねた際、石垣島北部の小さな商店でおばあ手作りの美味しいラー油が売られているという耳寄りな話を聞き、さっそく訪ねてみた。
今や絶滅危惧種といってもいい昔ながらの商店だけに、ラー油以外にも何か面白いものはないかしら、と店を物色したところ、地元採集もののキクラゲが袋詰めされて売られているのを発見。
聞けば、ラー油作者のおばあが採ってきたものというではないか!
手作りラー油と地元産キクラゲというツボネタで、店内にいることも忘れ盛り上がる私。すると突然脇の方から、うっちん茶の缶がヌーッと現れた。
そこには、笑顔を浮かべるおばあの姿が。
盛り上がる私にお茶をふるまってくださった彼女こそが、伝説のラー油の作者であり、キクラゲの採集者なのだった。
せっかくなので一緒に記念撮影をし、うっちん茶をいただきながらしばしのゆんたく。その際大きなキクラゲの採集地もお尋ねしたところ、いたずらっ子っぽくニヤリと笑い、言葉を濁すおばあ。
どうやら採集地は一子相伝?の秘密のようだ。
地元産キクラゲを見て狂喜するくらいだから、私がキクラゲ好きであることは今さら言うまでもない。
でもバイプレーヤーのわりにはいいお値段だし、キクラゲは欠かせないという料理をしょっちゅう作るわけでもないので、普段の暮らしでは買ってまでして手に入れることはない。
ところが昨年島内を散歩しているときに、とあるクワの木の根元でキクラゲが何枚も耳の形に大きく育っているのを発見!
石垣島で売られていたものほど大きくはないものの、夫婦2人で食べるには充分な量の生キクラゲだ。さっそくその日の夕飯に、「木耳と卵炒め」となって登場したのだった。
採集した際に一部をちゃんと残しておいたところ、半年後には再び同じ量を収穫することができた。
それからまた半年ほど経った先日、ジョギングついでにキクラゲの様子を見に行ってみたところ、もともと生えていたところはとろけて元気がなくなっていたかわりに、また新たな切り株から成長し始めているキクラゲたちがいた。
今後順調に生育場所が増えていけば、10年後には私も秘密のキクラゲを売るおばあになっているかもしれない?