●海と島の雑貨屋さん●
写真・文/植田正恵
月刊アクアネット2024年9月号
今年も各地で気象災害が発生している。
毎年のことだから、出始めは耳新しかったゲリラ豪雨や線状降水帯といった気象用語が、近頃ではすっかり定番になってしまった。
異常気象が異常ではなく平常になりつつあるくらいだから、今やそれらの言葉も五月雨、時雨、氷雨などと同じく、雨の様子を語るに欠かせない日常語になっているのだろう。
にわか雨のメリハリ強烈版といっていいゲリラ豪雨は、その名のとおり極めて狭い範囲に短時間だけ降る大雨なのに対し、そろそろ「ノアの箱舟用意!」と言いたくなるほどケタはずれの豪雨が続く線状降水帯はその降水範囲が広く、そして長時間に渡って降り続けるために各地で大きな水害をもたらす。
沖縄でもこの線状降水帯もしくはそれに準じる大雨が発生するようになって久しく、今年の梅雨時にも正気の沙汰ではない雨が続いた。
そのおかげで、第251回の稿で紹介した県内の水不足問題は急速V字ターンで解消、それどころか各ダムがオーバーフローしてむしろ危険な状態になっていたほどだ。
幸い水納島には陸水環境が無いおかげで、家屋その他に直接的な「水害」が及ぶまでには至らず、雨続きのためにゴーヤーなど夏野菜の一部が耐えきれず調子を悪くした程度で済んだ。
陸上ではその程度で済むものの、本島から流れ出た陸水由来の濁り水がはるばる海を越えて数日後には水納島周辺まで到達し、青かった海が陸から見ても緑色に見えるほどになる、という害はある。
梅雨中の大雨もさることながら、梅雨明け後の異常高温は半端ではなく、水深10m以浅で高水温にさらされ続けているサンゴたちは、早くも7月半ばにして白化し始めた。このところ毎年のように白化が騒がれてはいるけれど、毎年海水温がピークに達する8月半ば~9月初めまでまだひと月以上ある7月半ばで白化し始めたのは、ひょっとすると過去最速かもしれない。海水の攪拌手段として期待される台風の本格的襲来もなく、ずっと高水温にさらされ続けているサンゴたちは、8月半ばを過ぎた現在、そろそろ生存の危機を迎え始めている。大雨も晴天も極端すぎるがゆえのこの災厄、気象にその『極端』をもたらしているのは、人類の経済活動にほかならない。白化で死滅してしまうかもしれないサンゴたちにとっては、『持続可能な開発目標』を掲げられましても…といったところだろう。
(8月にすっかり色あせてしまっていたサンゴのひと月後の様子については、こちらをご参照ください)
海中では普段は20m先くらいまでは軽く見通せる透視度がほんの5m先くらいまでしか見えず、色も茶色がかった緑色。陸水由来の水のせいで水温はかなり低く、濃緑色で暗く冷たい海中は、まるで昔潜ったことがある内地の海のようだった。
大きな台風のあとならこういうこともたびたび起こっていたけれど、梅雨の大雨でここまで濁ってしまったのはこの30年で初めての経験だ。
このような濁り水は数日すれば元の青さを取り戻してくれるから、熱さと同じく喉元を過ぎれば濁りのこともみな忘れてしまう。
ところが昨夏の長くしつこく続いたZターン台風のあとは、水が濁るだけではなく、その後に大きな災厄が待ち受けていた。
台風の怒涛の波濤で物理的に破壊されたサンゴ群体に、富栄養の陸水由来と思われる藍藻類(?)が全面的に蔓延ってしまったのだ。
長く続いた台風の大雨の後、陸水由来と思われる藻類が蔓延した(黄緑色の部分)サンゴ礁。どこにも損傷がないサンゴたちは免れていたものの、台風の怒涛の波濤をモロに受けていた側のリーフでは被害が大きく、その傷口に取り付いた藻たちが蔓延したようだ。本島から10キロも離れている水納島では、かつてこのような富栄養の陸水に影響されたことはなかったから、サンゴたちにとっては、天変地異的環境異変だったことだろう。
物理的被害だけなら本来頑健なサンゴは1年も経てば回復した姿を見せてくれるところ、傷口に蔓延し始めた藻類の勢いが強く、サンゴの復活を阻むがごとく、生きている部分をも藻の緑が覆ってしまっていた。そのためリーフ上のサンゴ礁はなにやら不思議な蛍光グリーンの光に満ちていて、ある種不思議な空間になっていたのだけれど、やがて耐えきれなかったサンゴは生きていた部分まで死んでしまい、それらのサンゴたちは現在、ただ骸をさらすだけになっている。
体内に藻を宿してそこから栄養を得ているサンゴたちも、まさか自らが藻に覆われて生命の危険にさらされるなどとは、夢にも思わなかったことだろう。
サンゴの白化の原因である異常な高水温も、常識外れの豪雨も、富栄養に起因するのであろう大雨のあとの藻の発生も、すべて人間活動がもたらしているもの。
6億年近く前からこの地球上で暮らし続けているサンゴたちの歴史上、最も迷惑な生物、それが人類なのである。