●海と島の雑貨屋さん●

ゆんたく!島暮らし

写真・文/植田正恵

255回.サンゴの産卵

月刊アクアネット2024年8月号

 梅雨が明けた途端に一気に真夏になり、気の早い台風に襲来されることもなく平和が続いている7月前半は、島を訪れる日帰り客の皆さんにとっても絶好の海水浴日和となっている。

 青い空、青い海、白い砂浜、そしてそよ吹く風があれば、あとはもう何もいらない(ビールもほしいところではあるけれど)。

 暑さのケタが違う猛暑に苛まれている本土からの観光客からすれば、亜熱帯の沖縄に避暑に来ているようなものだろう。

 ただしその沖縄も今夏は常識外れの暑さで、その暑さを凌ぐためには、海にドボンッ!と飛び込むのが最も手っ取り早い。

 サンゴがびっしりと生育している浅いリーフ上でプカプカ浮かび、色とりどりのサンゴ礁とそこに群れ集うカラフルな小魚たちを眺めていると、時の経つのも忘れてしまいそうになる。

 サンゴ礁の景観を形作る造礁サンゴは、簡単に言うと石灰質の殻をもったイソギンチャクが合体して群体となり、ひとつの構造物を作っているもの。

 ポリプと呼ばれる個体ひとつひとつにもエサを摂る機能はあるけれど、体内に共生している褐虫藻が光合成で作る有機物をもっぱら栄養源にしている。そのためには褐虫藻が光合成しやすい明るい場所が必要で、多くの造礁サンゴにとって、いわゆる「サンゴ礁」が最も生息しやすい場所になる(だからリーフが形成されていくわけだけれど)。

 サンゴが生息していれば、サンゴに食住を頼る様々な生物たちがたくさん暮らせるようになり、サンゴ礁は「海の熱帯雨林」と言われるほどに生産性の高いエリアになる。

 体内の褐虫藻は光合成をおこなうといっても、サンゴ自体は動物で、分裂増殖をする一方で有性生殖も行い、多くの種類のサンゴたちが年に一度大規模な産卵を行う。

旦那は水納島に越してきた最初の年に、満月の夜から夜な夜な同じ場所に通い、よりによって大雨になった5日目にようやく待望の一斉放卵を目にする機会を得た。当時はまだ放卵が始まるおおよその時刻についても「午後8時頃…くらい」と極めてあやふやな情報しかなく、実際に午後8時過ぎにはすでにミドリイシの表面という表面にサンゴがニキビのようにブツブツブツ…と現れていたそうな。今にも放卵が始まる!とばかりダッシュで定点観測を続けていた場所にたどり着いたところ、放卵が始まったのはそれから2時間経ってからのことだったという。そして2時間待ってようやくピンクの小さな粒々が海に放たれ始め、10分ほどでピークとなり(写真の状態)、15分くらいで終了。そこかしこのミドリイシが少々のタイムラグをおいて次々に放卵を始めるので、放卵の様子はその夜繰り返し眺めることができたようだ。

 産卵と言いつつ、正確には卵と精子の入った「パンドル」と呼ばれる粒を、満月の数日後に一斉に大量放出するのだ。

 一斉放卵と呼ばれるその現象は、私が学生だった40年近く前にようやく本格的な研究が始まったばかりで、世界的に見ても当時はまだまだ放卵の観察例は少なく、沖縄における放卵のタイミングについては、初夏の満月の後という大雑把なことしかわかっていなかった。

 そんな学生時代に、サンゴの研究をしている友人に付き合って皆で夜の海に繰り出した際、ノウサンゴの放卵を観ることができたものの、スペクタクルショーといっていいミドリイシ類の放卵は、今に至るもまだ目にする機会を得ていない。

 なにしろ夜中のことなので、私の場合どうしても酒タイムが優先されてしまうからだ。

 現在では科学的根拠に基づいてかなり正確に放卵の日を特定できるようになっているようで、ダイビング業界ではサンゴの産卵を観察するツアーなども各地で開催されている。

 私のように、夜は酒のほうが…という方にとってはなかなか難しい時間帯ながら、今夏の異常高水温で再び大規模白化が起こってしまえば、次なる一斉放卵を観察する機会は生きているうちに巡ってこないかもしれない。

 ダイバーたるもの、一生に一度はミドリイシ類の放卵の様子を観察してみたい…と心を入れ替えたら時すでに遅し…なんてことにならないよう、今夏の高水温下のサンゴの頑張りに期待しよう。