●海と島の雑貨屋さん●

ゆんたく!島暮らし

写真・文/植田正恵

262回.黄色い絨毯

月刊アクアネット2025年3月号

 「菜の花や 月は東に 日は西に」と江戸の昔に与謝蕪村が詠った俳句の季語は、もちろん菜の花。

 桜と並び晩春を代表する花である菜の花は、都会暮らしだと屋外で目にする機会は少ないかもしれないけれど、春になればスーパーの野菜売り場でつぼみ状態の菜の花が並ぶから、食材としても春のイメージをお持ちの方は多いことだろう。

 菜の花が咲き乱れる景色に私が初めて出会ったのは、高校時代の3月下旬の房総半島でのことだった。

 それは野生のものではなく、花卉栽培されている菜の花で、品種改良されたものだからだろう、かなり立派な花序の見ごたえのある花々が畑という畑を黄色く埋め尽くしている様子は圧巻で、むせかえるような香りがあたりに漂っていたのを今でもよく覚えている。

 それもあって、学生時代に沖縄で過ごしていた私の中で菜の花といえば、本土の春に観られる懐かしい風景…という位置づけだった。

 ところがその後水納島で暮らすようになって、沖縄でも春になると野生の菜の花が咲くことを知った。

 前年もしくはそれ以前に咲いた菜の花の種が落ち、そこがそれなりに日当たりが良く開けた場所でありさえすれば、翌年一斉に芽が出てくる。

 あれよあれよという間に成長して、早くも2月から3月頃に花を咲かせるものだから、人が意図せずとも勝手に黄色い絨毯のようになり、近づけば菜の花ならではのえも言われぬ春の香りが漂う。

誰かが意図したわけではなく、タネを蒔いた人がいるわけでもないのに、沿道の草刈りのタイミングが合うと、海へと続く道は見事な菜の花ロードとなる。春の香りに誘われ菜の花に近づきすぎると、衣服が黄色い花粉だらけになるからご用心。これほど咲き誇っていれば、翌年もまた…と思いきや、草刈りのタイミングをはずせば、けっしてこのようにはならない菜の花たちである。

 私が以前に借りていた畑はまさにその条件を満たしていたので、200坪ほどの畑が毎年早春になると素敵な菜の花畑になったものだった。

 その畑が一面菜の花になるのを毎年楽しみにしてくれていた島の方が、昔は春になるとマーナ(菜の花)のつぼみを摘んでおひたしにして食べたよ、と教えてくれた。

 野生のものだからつぼみといっても申し訳程度のサイズで、スーパーなどで出回っているような立派なものではないとはいえ、たらの芽や蕗の薹と同じように、いわば季節を感じる野草だったのだろう。

 ちょっと苦みのある独特な味は子供が苦手とするいわゆるオトナの味かもしれないけれど、そんな暮らしから離れてみれば、懐かしい故郷の季節の味のひとつになっていたに違いない。

 ちなみに菜の花とはアブラナ科アブラナ属の花の総称で、水納島で野生化しているものが果たして正確には何という種類なのかはわからないけれど、アブラナかカラシナのように見える。

 その種子は条件を満たさないと地中で何年も時機を待つことができるそうで、実際私が借りる以前の藪状態になっていた畑では他の雑草に覆われているだけだったものが、草を刈り雑草を排除し、そして耕すことによって菜の花スイッチオンの条件を満たした途端、一斉に芽吹いて菜の花畑が出現したのだった。

 この10年で過疎高齢化どころか限界集落化が進んでいる水納島は耕作放棄地だらけになっていて、なおかつ私が借りていた畑は諸事情により借り続けることができなくなったため、現在は元の木阿弥の薮状態になっている。

 そのため近年は島内でたっぷり春を感じられる菜の花の群生は見られなくなっているのだけれど、いずれ藪が切り拓かれれば菜の花の種たちのスイッチが入り、再び素敵な菜の花畑が見られるようになるかもしれない。

 そんなことを夢想しながら、プチ菜の花畑で沖縄の短い春の香りを思いっきり楽しんでいる。