●海と島の雑貨屋さん●
写真・文/植田正恵
月刊アクアネット2025年2月号
前・後編に分けてお伝えした水納港大改修工事は、冬場になっても工期の遅れを取り戻せないままながら、年末年始を除いて急ピッチで作業が続けられている。
やがて完成の暁には島民のライフラインが大幅に改善されること必至の工事ではあるけれど、端緒についたばかりの今は、夜通し行われることによる騒音や海の白濁など、むしろ迷惑なことだけがやたらと目立っている。
そんななか、ひとつだけいいことも。
泊地を広く浚渫したことによってわりと水深があるエリアが拡大した港内に、この冬ミジュンが集まるようになっているのだ。
以前本稿でお伝えしたこともあるミジュンとは、和名をミズンといい、浅所に巨群を作るイワシに似た小魚だ。夏の間に桟橋周辺に集まるものたちはまだ小さいけれど、冬ともなると成長して三周りくらいは大きくなっている。
そして夏場に比べると肉厚になって脂も乗っているから、刺身でいただいても素揚げにしても、これがめっぽう美味しい。
そんなミジュンたちが、桟橋から眺めると真っ黒に見えるほどの群れとなって港に居ついているのだ。
夏から秋にかけてならこれまでもよくあり、近年はゴールデンウィーク頃にも集まってきたことがあったけれど、年末年始に黒々とした群れを桟橋で観るのはこの30年で初めてのこと。
~♪可愛い可愛い魚屋さん…の唄が聴こえてきそうな軽トラの荷台は、さながら動くスーパーだ。200坪の畑を借りて作っていた野菜を各家庭に配っていた当時私が利用していたのも、やはり同じようなトロ舟だったっけ…。当時の私は『ちわー、八百屋でーす』といいながら各家庭を回っていたものだったけど、彼には『ちーす、魚屋でーす!』って言ってほしいなあ、次回は…。などと、早くも『次回』に期待を寄せる私なのだった
工期の遅れを取り戻すべく急ピッチで進められている工事も、さすがに年末年始(きっちり9連休のようだったけど…)はお休みだったから、ミジュンたちはこれ幸いと工事現場付近に居座り続けてくれた。
これはチャンス!シメシメとばかりに我々夫婦がミジュン用サビキセットで釣りにいそしんだのはいうまでもない。ただし釣果はたったの12匹。
上手な方ならただの一投で4~5匹釣ってしまうことを思えば、2日に渡ってそれぞれ1時間ずつ頑張って12匹、しかもその代償としてサビキセットを3つも失っていたのでは、どう考えても大幅な赤字である。
それでも夕飯に加わったお刺身は、このうえないいい肴になったのだから良しとしよう、と自分を慰めていた。
年が明け、三が日も終わった4日の朝のこと、玄関先から「ミジュン食べるねぇ?容れ物もっておいで!」という声が。
声のする方へ行ってみれば、軽トラの荷台に載せられたトロ舟に、獲れ獲れピチピチのミジュンが山盛り!
ボール一杯にいただいたミジュンたち。夏から秋にかけて群れ集うミジュンたちに比べれば随分成長しているため、身が大きいのはもちろん、脂ものっており、小なりとはいえ刺身でいただくとかなりイケる肴になる。ただしたくさんいると三枚におろす作業が延々続くことになるのが玉に瑕。その点素揚げならウロコを落とすだけで手っ取り早く下ごしらえが完了するので(ミジュンのウロコは簡単に落とせる)、島で最もポピュラーなミジュン料理になっているのだろう。
声の主であるタツヤさんはこの朝伝家の宝刀を一閃、瞬く間に大量のミジュンをゲットしたのだった。
その成果を島の各家庭にお裾分けしていた彼は、「もう3軒回ってきたし、ほかの人たちは今島に居ないから、好きなだけとって!」という。
そういうことなら…と遠慮なく大きめのボール一杯分いただき、その夜は刺身に素揚げにお鮨にと、たった12匹しか釣れなかった我々には願ってもないミジュン尽くしの宴となった。
獲れ過ぎたといってもご自宅には大きな冷凍庫があるのだから、小分けにして冷凍しておけばいいものを、島の各家庭に配ってくれるあたり、昭和な暮らしが色濃く残っていることがなんともステキ。
暖冬に苛まれた昨季とは違い、キッチリ寒いこの冬は我が家の野菜たちもスクスク育って順調に収穫できているので、件の彼には御礼代わりに特製お漬物セットをお裾分けした。
魚屋と八百屋の物々交換、ひょっとすると昭和ではなくもっと昔の暮らしが残っているのかもしれない水納島である。