●海と島の雑貨屋さん●
写真・文/植田正恵
月刊アクアネット2007年12月号
先ごろ、水納島出身の女性の結婚式があった。
新郎新婦とも結婚前からすでに毎年夏の間は島の素敵なパーラーで働いているので、島の誰とも親しく、もちろん誰からも祝福された。
さすがに披露宴会場は本島の式場だったけれど、このところ島関係者が大勢集まるといえば誰かのご不幸ばかりだったので、身も心も晴れ晴れとした楽しい集いは久しぶりだ。
ところで、何度かこの稿でご紹介したように、島では結婚以外にも様々なお祝いごとを島を挙げて行う。
私たち夫婦が約13年前に水納島に引っ越してきて、初めて参加したお祝いは「高校の合格祝い」だった。
内地で育った私の感覚では、高校の合格祝いくらいだったら各家庭で、おいしいものを食べたり何かお祝いの品を買ってもらったりという程度のものだ。
それが島を挙げてのイベントになっているのだから驚いた。
宴席には50名ほどの人々が……って、つまりほぼ全島民が集まって、中学を卒業し、高校へ行く子供を祝しているのである。
しばらく島で生活するうちに、高校の合格祝いというのは、島で暮らす子供たちにとって非常に重要な人生の節目であることがわかってきた。
単に高校に進学する、というだけではないのだ。
15にして親元を離れて家を出るどころか、今まで生活してきた島からも出なければならないのである。そんな子供たちを島ぐるみで見守ってきているわけだから、親兄弟でなくとも、島民全員でお祝いをするというのは考えてみれば当たり前なのであった。
さて、前述の華燭の典の主人公である島出身の新婦は、13年前に島の中学を卒業している。
そう、私たちが初めて参加した高校合格祝いの主人公なのである。
当時は私たちが引っ越してきたばかりということもあったので、名前と顔がかろうじて一致する女の子という程度のつき合いしかなかったけれど、そんな彼女も今ではすっかり素敵なレディとなって島で働いているから我々とのつき合いも深い。
だから結婚はとても喜ばしかったし、なによりも披露宴に招待してくれたことが本当に嬉しかった。
高校合格のお祝いで島じゅう総出になるくらいである。 結婚という、こんなめでたい話に人が集まらないわけはない。
ということも考えて、披露宴はちゃんと連絡船に乗って行っても最終便で帰ってこられるような時間配分にしてくれているから、当日島から出発する私たちは、島の人たちとともに式場の送迎バスに乗って大挙披露宴会場を目指した。
沖縄の結婚披露宴が大規模で、司会の挨拶が始まる前からみんなビールを飲み始めているというのは有名な話だ。
けれど、まさか式場へと向かうバスの中でも缶ビールが振る舞われるとは思ってもみなかった。まだ朝の10時前ですよ、10時前。
今回の披露宴では、なんと我がダンナ様は恐れ多くも乾杯の音頭を新郎新婦からお願いされていたので、彼は緊張のあまり朝からビールでも飲まずにはいられなかったらしい。
披露宴は素敵なひとときだった。
右も左もわからずに出席した13年前の合格祝いを思い起こしつつ、あのときの女の子の結婚披露宴で大役をおおせつかるのだもの、我々の13年間もけっして無駄ではなかったんだなぁとしみじみと思ったのだった。
もちろん乾杯の音頭の前からビールを飲みながら。