体長 35mm
大昔から博物学がメシのタネになっていた西欧諸国とは違い、日本がまだ貧しかった時代はそんな酔狂な研究をしていてもおまんまの食い上げになってしまうという事情もあって、海の生き物の研究についてはまず水産資源となりうるものが優先される傾向にあった。
そのため魚もエビも、誰もが知っているのに名前がついていないというものが昔はとっても多くて、特に小さなエビカニとなると、私が興味を持ち始めた頃は、今から考えるとまだ研究の端緒も端緒といったところだった。
ハゼと共生しているテッポウエビも例外ではなく、昔から誰もが存在を知っているのに、和名がつくまで相当な年月がかかっているものが多い。
このホリモンツキテッポウエビもそのひとつ。
他の稿でも何度か触れているように、前世紀はヒマだったし島を訪れる日帰り客の数もさほどではなかったから、ちょくちょくビーチに潜る機会があった。
今じゃ想像もつかないほど生物相が豊かだったビーチは、ユビエダハマサンゴのパッチ状の群落がそこかしこにあり、様々な付着生物や棘皮動物がおり、砂底に広がる藻場にはいろんな魚やエビがはべり…と、ありおりはべりいまそがり状態で、フィルムの枚数という限定さえなければずっと潜っていたいくらい見どころ豊富だった。
水深2mほどの砂底には、ヒメシノビハゼやヒメダテハゼを中心に共生ハゼも足の踏み場もないほどたくさんいて(当時は現在より水深があったから、潮が相当引かないかぎり海水浴客は海底に足をつけられなかったけど)、もちろんのことそれぞれにパートナーのエビがいた。
ところが前述の事情のために、やたらと目にするエビにもかかわらず、図鑑にその名が載っていない。
たとえ載っていても、「仮称」扱いで将来性(?)がなんともあやふやな名前だったりする。
そのため、ビーチでウジャウジャといっていいほどやたらと見られる共生エビのうち、黄色っぽいものは「ハゼと共生している黄色っぽいほうのテッポウエビ」、緑っぽいものは「ハゼと共生している緑っぽいほうのテッポウエビ」といった具合いに、十を聞いて一を知る私のような者と話す際には、相手はそこまで長いフルネームで呼ばねばならなかった。
滅多に観られないものならいざ知らず、ビーチに行けばいつでも会えるエビとなると不便極まりない。
そんな不便な時代も、やがて終わる時が来た。
黄色っぽいほうは、仮称としてすでに名が通っていたものが正式な和名となって、コシジロテッポウエビに。
そして緑っぽいほうは、ホリモンツキテッポウエビに決定。
詳しいことはまったく知らないけれど、どうやら2003年くらいに「この際まとめて一気に!」的ムーブメントがあったらしく、ブドウテッポウエビ、クマドリテッポウエビなど、よく目にするのに名が無かったエビたちに次々に和名がつけられた気配がある。
おかげで今では「ハゼと共生している…」などと言わずとも、ホリモンツキテッポウエビと言えば済むのだ(それでも長い気がするけど…)。
ビーチで観られるホリモンツキテッポウエビは、かなりの高率でヒメシノビハゼと一緒に暮らしている。
というか、私はこれ以外の組み合わせを観たことがない。
ヒメシノビハゼはビーチ内だけでもホントにたくさんいるから、「個体数が多いと気が大きくなるの法則」に従うなら(そんな法則はないけど)、頬を撫でさせてくれるくらいに近寄らせてくれそうなもの。
ところがシーズン中海水浴客に足蹴にされまくっているからだろうか、ヒメシノビハゼは思いのほか警戒心が強い。
なのでホリモンツキテッポウエビの姿を拝もうと思えば、まずはヒメシノビハゼのご機嫌をこれでもかとばかりに伺わねばならない。
そしてゴキゲン麗しいヒメシノビハゼに巡り会えると…
ホリモンツキテッポウエビは夫婦で歓迎してくれる。
ところで、ともにビーチでウジャウジャいた間柄だからだろうか、ホリモンツキテッポウエビとコシジロテッポウエビは似たような食事方法をとるようだ。
上の写真のように巣穴のそばに藻が生えた石があると、ときどきホリモンツキテッポウエビは巣作り作業の合間にテケテケと上り……
…石の表面に直接口をつけて何かを食べる。
うつぶせになっているだけなら食べているかどうかわからないけど、明らかに何か(海藻?)を引きちぎっている動作をしていたから、食事、もしくは口器を使って何かしているのは間違いない。
ホリモンツキテッポウエビも、「玄関開けたら2分でコンビニ」生活をしているようだ。
ところで、テッポウエビの仲間の大きな鋏は、パチンと大きな音をたてることに特化しているからこそ「鉄砲」エビの名がある。
けれど共生エビと呼ばれる仲間のテッポウエビたちのハサミ脚はもっぱら巣穴を掘ることに特化していて、指パッチンの能力はまったく無いか、極めて少ないのだそうだ。
またハサミ脚は彼らを分類する際の重要な手がかりパーツでもあって、私がこのコーナーであのエビこのエビとテキトーに呼びわけているのとは違い、アカデミック変態社会では様々な部位を計測することによって初めてその種と同定される。
当然ながら、その過程などまったく経ていない当コーナーがそう認定しているからといって、ここで紹介しているエビがホントにホリモンツキテッポウエビであるという保証などまったくないのであった。
< 今さらですか…。