B車窓で桃太郎(3月8日)

 今回の出発は那覇からではない。
 すでに我々は都内にいるからだ。
 それまでの消息については、後に譲るが、例によって飲んで食って過ごしてしまったこの数日間の疲労から、ついに脱出するときを迎えたのである。

 新宿は西新宿にある西新宿ホテル朝6時半。
 ここ数日間ですっかりアーバンライフを過ごした気分でいた僕だったが、やっと通いなれたと思ったら、この新宿とも今日でお別れだ。

 目指すは東武浅草駅。
 上野経由で銀座線に乗り、終点浅草駅を降りると目の前に東武浅草駅があった。
 いつもは行き先も旅程も手段も僕があらかた決めているのだが、今回は下見の段階でうちの奥さんがすべて自力で決めていたこともあり、ぜ〜んぶ彼女に任せてあった。

 目的地は会津の湯野上温泉。
 行き方はいろいろあるのだろう。東北新幹線で郡山経由で会津方面へ行ったほうがよっぽど早いに違いない。けれど、我々には東武鉄道でのみ有効なカードがあったため、それを用いることになる。
 すなわち、

 東武浅草→鬼怒川温泉→湯野上温泉

 という行程だ。
 さらに、滞在中に喜多方まで足を伸ばすつもりにしていたので、喜多方までのフリーパス券、そして帰りはモロモロの都合上、
JR新宿駅に乗り入れる特急を鬼怒川温泉から栃木まで利用し、栃木からは東武浅草行きの快速に乗る、という変則的ルートになる。

 はたして、こんな複雑な行程の乗車券を、新宿に井の頭線があると思っていた
オタマサが購入することができるのだろうか。

 …と書くと、事態は出発前からにわかに波乱含みになりそうだが、何を隠そう、実はうちの奥さんは、時刻表と照らし合わせながらの旅行計画というものが大好きなのである。たしかに、時刻表を細かく見るという作業は、なんとなくフォレスト・ガンプ的であるとも思える。

 ところが東武浅草駅の券売システムでは、このあまりにもフォレスト・ガンプ的複雑怪奇な購入方法が処理しきれないらしく(JRとの併用になるため)、発券まで10分〜15分かかるという。
 世の中便利なようで、アナログモードには逆に弱くなっているのだ。
 東武浅草駅8時発の特急きぬに乗れるよう、余裕を持って到着したというのに、発券が遅いおかげでビミョウにギリギリになってしまった。

 ともかく無事切符を購入し、オベントとお茶を買って乗車。
 この乗車の際がまた面白い。
 東武浅草駅はホームがカーブを描いているため、車両が長い特急ともなると、ホームと車両との間が、ありえないくらいにやたらと広いのである。


ホームと車両との間には橋が架かっている。
この橋は自動ではなく、駅員さんによる「手動」。

 これは…………落っこちるでしょ。
 電車に乗るためにタラップを渡らなければならない鉄道なんて、これまで見たこともない。それも日本の首都なのだから笑ってしまう。いくら土地がないからって、ホームくらい直線にしろよ、東武。
 普通の幅の駅でさえ落っこちてしまって電車とホームの間に挟まれた、という酔っ払いを2名ほど知っているけれど、これだけ離れていればシラフでも落ちるに違いない。

 日曜日だというのに車内は空いていて、席もゆったりしているので、鬼怒川温泉駅までの2時間は、居心地よく過ごせそうだった。
 そして電車は静かに発進。
 さっそくお弁当を開いた。

 ああなんてことだ、フタを開けた写真を撮るのを忘れた。
 なんでここで深川めしなのかということは、「江戸を喰う!」コーナーを参照していただくとして、ま、やはりちゃんとしたお店で食べる深川めしと駅弁とでは比べ物にならないのはもちろんながら、駅弁というレベルでいえばしみじみと美味しい逸品。

 モグモグ食べているうちに電車は進む。
 ひと月前に同じ電車に乗ったばかりのオタマサ改めツアコンマサエ略してコンマサは、いろいろと経験者ならではの事柄を教えてくれる。いわく、

 「鬼怒川温泉までは、まぁ普通にのどかな景色だから寝てても大丈夫だよ」

 先月は、鬼怒川温泉駅を越え、野岩鉄道、会津鉄道のルートになるあたりから、山を越えるたびに雪深くなっていったという。
 やはり僕も雪は見てみたい。
 なので、どうせ寝るなら鬼怒川温泉までの間にしておこう。

 というわけで、モグモグしたあといつの間にか寝ているうちに、あっという間に鬼怒川温泉駅に到着した。
 すると、降りてすぐのホームに会津方面へと続く乗り換え電車…もとい、汽車が停まっていた。
 乗り換えの待ち時間たった1分ですぐさま発進である。

 やるじゃないか、コンマサ!!
 乗換えが多いと何かと面倒になるものだけれど、この程度の乗り継ぎ時間ならまったく問題ない。
 2両編成の会津鉄道マウントビューエクスプレスは、ディーゼル機関車独特の音を発しつつ、静かに鬼怒川温泉駅を後にした。


ディーゼル機関車なので架線がない。
※この写真は湯野上温泉駅です。

 やがて線路はいよいよ山間を縫うようになり、トンネルを出ては入り出ては入りを繰り返すうちに、いつしか窓外は雪がまだまだ多く残る景色になっていた。

 どのあたりだったろうか。
 なにげに線路脇に目をやったうちの奥さんが素っ頓狂な声をあげた。

 「キジだ!」

 おお………野生のキジだ!!
 それも線路のすぐ脇に……。

 しばらくいくと小さな町になり、その駅近くでまたうちの奥さんが…

 「サルだ!!」

 指差す方向を見ると、民家の庭先に野生のサルが!!
 気がつくと、そこらの斜面でもチラホラいるようだった。

 なんてことだ、あと犬にさえ出会えば……………

 桃太郎だ!!

 当然のように、犬もクリアした。
 難易度が最も高いキジを最初にクリアしたのが大きかったといえよう。

 ……って、何をしているのだ。

 とにかく、単線の野岩鉄道ならびに会津鉄道沿線は、キジもサルもイヌも出てくる、素朴にステキな桃太郎線路なのだった。

 それにしても、現代日本の鉄道でさえ、それも浅草からでさえこんなに遠いのである。こんなに遠い道のりを、京都守護職を引き受けたあとの会津藩は、千名もの軍勢を引き連れて京へ上った。考えただけで気が遠くなる……のを通り越して気を失うほどではないか。

 彼らも道々で、キジやサルに出会ったろうか………?