13・やまだや

 誰に邪魔されることなくグータラ昼寝できるってのは素晴らしい。

 持参していた文庫本を前日までに読了してしまったこともあって、途中僕だけ教文館で本など買い求めつつ、ホテルに戻って風呂など入ってウダウダしているうちにいつしか灯ともしごろに。

 しかしこの日の夕方は、急ぐ必要はなかった。
 というのも、今宵うかがおうつもりのお店は、これまた築地界隈の人気店。
 予約しておかなきゃなかなか開店早々には入れないという。

 なのでこの日この店に行くことをすでに決めていた旅行出発前のうちに予約しておくべきところである。
 ところが、まぁ慌てることもないか……と思っているうちに当日になってしまった(前日日曜はお休みだったため連絡できず)。

 しょうがなくこの日日中に電話してみると、オープン早々の時間帯はすでに満席との返事!!

 月曜日ですぜ………。
 どいつもこいつも、いったいどんだけヒマなんだ!!

 <あんたに言われたくはない。

 このお店はこの築地界隈における我々の最重要拠点だったので、じゃあ他の店に…という気にもならならい。

 さいわい、9時頃にひょっこり伺うと空いていることがある、という事前情報を得ていた。
 それに賭けることにした。
 すると店の方が、

 「キャンセルが出たり席が空き次第お電話いたします」

 と申し出てくださった。
 それはありがたい。

 というわけで今夕は、席が空いたという電話が鳴るまでのんびりできるのである。

 本当に電話がかかるだろうか…という一抹の不安を抱きつつホテルを出て、とりあえず有楽町の駅前あたりのイルミネーション見物でもするかぁ、と歩き始めた午後6時過ぎ。
 滅多に鳴ることのない携帯電話が高らかに鳴り響いた。

 件のお店からである。
 なんとなんと、オープン早々に来るはずだった予約客にキャンセルが出たという。

 ラッキー!!

 目指すお店は、勝鬨橋の橋詰を隅田川に沿って上流側に少し歩いたところ、川向こうは月島という場所にある。
 沖縄本島北部の離島で暮らす我々からすれば、築地界隈であればどんな店でもきっと美味しいんだろうことは想像に難くない。
 でも、もう二度と来ることがないかもしれないと思えば、どうせだったら地元にお住まいの方が激オススメするお店で呑んでみたい。

 そのお店がここ。

 やまだや。
 繁華街からは少し離れているために、銀座にある店のようにお高くとまっているわけではなく、築地市場にあるお店のようにやたらと大衆観光地化しているわけでもなく、実に落ち着いた雰囲気でたたたずんでいた。

 これで事前の予約も電話もなく来ていたらあからさまに緊張してしまったであろうところ、お電話をいただいたうえでの来店なので、その点気兼ねがない。

 さっそく入店すると、店内は話どおりすでに満席で、カウンターに2人分だけポコッと席が空いていた。

 ホント、キャンセルが出てよかった……。

 築地界隈夜の最重要拠点にしていただけあって、どういうものを食べるかあらかじめ見当をつけていた我々だったけど、このメニューを目にするや、あらためて血迷ってしまいそうだ。


こちらは定番メニュー。


 こちらは本日のオススメ。
最下段の「おしたし」と書いてあるところが江戸っぽい。

 みなさんなら何を召し上がります??

 メニューを見ている時点ですでに夢見心地になりつつ、まずは無事入店できたことをキリン一番搾りの生で祝す。

 写真を見ただけでそれとわかるほどに、この生ビールがまたとんでもなく美味い。
 その泡のクリーミーさときたら、もはやビアホール銀座ライオンの比ではない。

 この泡を生み出す技術といい器具の手入れといいグラスの維持といい、もはや「一杯入魂」の軍配がどちらに向けられるかは明らかだ。

 そしてお通しはこちら。

 つみれとダイコンのデュエット。
 ハイクラスの生ビールと、しみじみ美味しいお通しをいただくだけで、人生のヨロコビを味わえる。

 そこへいきなり序盤のハイライト、お造り登場!!

 本日オススメのお刺身が全種類入っている「おまかせ盛り」。
 脂ノリノリの鰤に、お塩でいただくとより一層美味しいという金目鯛、そして肝と一緒にいただけば天にも昇る心持になるカワハギ(肝つき)に、厚さがワンフィンガーを軽く越えている鰹、そしてシメ鯖………。
 日本全国から築地にやってきたお魚さんたちの晴れの舞台である。

 ビールに合う肴といえば、定番メニューのこちら。

 やまだやベーコン。
 これがまた、やる気モードに火をつける味。
 店主によれば、中華鍋でベーコンをこさえているのだとか。
 このごま油のような風味は、中華鍋から滲み出てくるエキスのためか??

 <違うと思います。BY オタマサ

 ビジュアルだけでもすでに理性のタガがはずれつつあるオタマサ。

 理性のタガが外れてしまえば、あとは怒涛のオーダーである。

 手作り帆立貝クリームコロッケ。
 帆立貝の風味がコロッケの中に溶け込んでいて、かといってカキフライのように強く主張するわけではなく、まるで衣が海を包んでいるかのようなコロッケだ。

 何かに似ているなぁ…と食べながら記憶をたどってみたところ、ハタと思い当たった。

 機関長スペシャルのシャコガイコキールだ!!

 うーむ、恐るべし機関長、その味すでに築地級。

 自家製イカの塩辛。
 自家製というところに興味を抱くオタマサ。塩辛といえばたいていプリプリしていそうなものなのに、熟成塩辛なのかなんなのか、トロリととろける不思議的塩辛だった。

 岡山産マテガイのガーリックグラタン。
 築地市場内でいろんなお店を物色しているときに、非常に気になった生き物のひとつがこのマテガイ。
 親戚の魚屋さんを手伝っていたうちの奥さんはともかく、僕の人生の中でこの貝を食べたことはおそらくない。

 というわけで人生初のマテガイは、こういう形で登場。
 香ばしいパン粉が乗っかったグラタンはニンニクが効いていて実に美味い。
 ただ、じゃあマテガイ自体はどんな味なのか、ということはわからない。ひょっとするとマテガイは、味よりも食感が優先されるべき貝なのだろうか??

 レバームース。
 プチトマトのスライスの下にはチーズが挟まっていて、これを一口でいただくと、妙なる味覚の四重奏。
 すでにこの時には、日本酒に移行している。
 この時飲んでいるのは、福井のお酒「常山」。

 僕は最初は神亀を氷一個入れていただいて飲みつつ、なんだかんだで2人とも3合ほど飲んでしまった……。

 地鶏サラダペコリーノチーズ風味。
 いやあもう、どれもこれも思い出しただけでヨダレが……。

 ちなみに、コロッケやマテガイなど、メニューに個数が記しているものでも、必要な個数だけにしてもらうことができるところが素晴らしい。
 うちの奥さんのように小さなヒトがいろいろ食べたいという場合に、これほどありがたい配慮はない。

 このサラダは数で頼むものではないけれど、すでに我々がこの時までに食べている分量を配慮してくれて、「ハーフ」という頼み方ができることも教えてくれた(ハーフじゃなかったらとんでもない量……)。

 その細やかな気遣いがうれしい。

 玉子星人としては見逃せなかった出汁巻き玉子をいただきつつ、シメとなるメニューがまた実に魅力的。

 日替わりで供される「本日の土鍋ごはん」。
 この日は旬であるセイコガニ(セコガニ)の土鍋ごはんだった。

 土鍋ごはんはもちろん最初からできているわけではなく、頃合を見計らって炊き上がる。
 で、炊き上がると、店主が手ずから土鍋を抱え、本日のメニューを客席を周って紹介してくれる。

 そのタイミングといい、美味しくいただける時間への配慮といい、そして数量を変えてオーダーできるシステムといい、お酒の説明も細やかさといい、日本酒を頼むとさりげなくいつのまにかチェイサーが置かれていたりすることといい、これぞまさしく「お・も・て・な・し」とでも言うべききめ細かさ。

 美味しい酒も肴も、材料だけでは始まらない。
 店の姿勢が加わることによって、その相乗効果は何倍にも膨れ上がるに違いない。

 店主は、屋号どおり山田さんという。
 聞けば、築地生まれの築地育ちなのだとか。
 そういう人生もまた楽しかろうなぁ。

 そんな築地生まれの築地育ちの店主と、旧姓築地さんのツーショット。

 だから何?って言われそうだけど……。

 カウンターの向こうの厨房では、2人の板さんがクールに寡黙に仕事をしている。
 彼らは特に客の相手をするわけでもないから、お話をする機会はなかったのだけど、お会計を済ませて去る間際に、「美味しかったです!ありがとう!」というと、実にうれしそうに微笑んでくれた。

 ああ美味しかった!!
 最重要ポイントに挙げていたこのお店で我々がいかに満足したかということは、店を出た途端のこのオタマサの顔でおわかりいただけよう。

 ちなみに店を出たのは10時くらい。
 その時間になっても、どの席もいっこうに空く気配はなかった。
 これでキャンセルが出ていなかったら、今宵の我々はいったい???

 店に入れてよかったぁ………。

 もう二度と来る機会はないかもしれないという覚悟で臨んでいる今回だけど、こんなに美味しいんだもの、いつの日か必ず機会を見つけて再訪しよう。
 もちろん、予約するのを忘れずに。