14・弁富すし
かつてシチリア島のパレルモを訪れた際、 「パレルモへ行ってモンレアーレを見ないのは、驢馬の旅の如し」 という言葉が現地にあることを知った我々は、驢馬にならないようモンレアーレを訪れた。 ひょっとするとここ築地では、 「築地に来て寿司を食べないのは、驢馬の旅の如し」 なのかもしれない。 そこで一計を案じてみた。 というわけで迎えたこの日12月3日の朝。 7時30分頃には場内に到着した。 ……と思ったら。 ありえない……。 2番人気3番人気くらいまでのお店の前にまで行列ができている。 そういう店の中から、昼間に行列ができていた記憶がある店を選んでみた。 その名も弁富すし(…と暖簾にはあるものの、看板には寿司弁富。どっちが正しい名前??)。 入ってみると、10名座れるカウンターの隅にちょうど2名分だけ空きがあった。 まずは無事入店を寿ぎ、キリンラガービールで祝杯。 朝8時前から寿司を食べているヒトは大勢いるようながら、朝から飲んでいるヒトはそれほど多くはなかった気が……。 ビールを頼むと、お茶目な大将が「はい、ビールのお友達!」と言いながら出してくれるお通しは、 マグロの血合いを煮たものだった。 お通しが美味いお店がハズレなはずはない。 そして……… 中トロ、こはだ、鯵、赤貝、ウニ、そして………穴子♪ ネタの巨大さを誇るとか、一貫一貫が芸術のような作りであるといった「これ」というウリはないものの、職人が真摯にマジメに握った江戸前の寿司が、ついに今目の前に!! 人生的ヨロコビを祝おう。 背後には、ぴったんこかんかん安住アナのサインも…。 我々がお寿司屋さんを選ぶ場合に最も重要なのは、「お好み」でオーダーができるかどうかだ。 近年はこの「海鮮丼」が全国的に流行していて、とりあえず用意しておくとどこでもけっこうな売れスジになるものらしい。 といいつつ、この場内魚がし横丁も場外市場も、各店が「海鮮丼」を大々的にキャンペーンしており、その丼のグレードでしのぎを削っている。 考えてみるに、奥にいる若いおねーちゃん世代の子たちや海外からお越しの観光客にしてみれば、寿司屋のカウンターで握りをお好みでオーダーするにも、ネタの名前と顔(?)が一致しないから何を頼んでいいやらわからないかもしれない。 その点海鮮丼なら、見た目鮮やかで美味しいのだから、気軽に頼めるメニューなのだろう。 そういう意味では、握りのおまかせセットってのも同じか。 朝からビールを飲む人間ではあっても、朝から1人前を食べきってしまっては、そのあと昼食に向けてのお腹の状態に支障をきたしてしまう我々としては、押し付けられる1人前はご勘弁願いたい。 その点この弁富すしさんは、すでに満席状態の店内にもかかわらず、お好みでのオーダーをちゃんと受けてくれた。 この弁富すしさんは、以前は職人気質の無口な大将が、特に客に愛想を振り向くでもなく静かに営業していたのだとか。 ところが近年の築地観光地化で、両脇の店までが店頭にでかでかと看板を掲げるお店となり、あろうことか呼び込みまで始めるようになってしまった。 さすがに寡黙な職人気質ではいささか営業に不利があるということなのだろうか、店頭には流行りの海鮮丼メニュー看板を掲げつつ、大将もお茶目な客あしらいモードに変身したらしい。 一見さんとして入るお寿司屋さんはたいがい緊張するものだ。 であれば……… 翌朝も来ちゃえ!! …ってことで、翌日の朝はさらに早く起きて、弁富すしさんを再訪。 続けて来たら、顔を覚えていてくれるだろうか。 パッと大将の顔が綻んだ。 美味しかったから味をしめてまた来ました!! そう言うと、大将も意気に感じてくださったらしい。 「はいッ!!ビールのおトモダチッ!!」 と、例のマグロの血合いを出してくれた。 この日はまだ早いせいか前日とは違ってカウンターには我々以外には誰もおらず、再訪ということもあって極めてマイペース状態に。 朝に飲むラガービールがまた美味いんだわ。 前日は混んでいたこともあって、握りのオーダーは一度にまとめ、それが一皿で出てきたけれど、この日は空いていたおかげか、オーダーするごとに大将が握ってくれた。 赤貝のヒモとか本ミル貝といった貝類を中心に責めるうちの奥さんに対し、僕は前日しみじみ美味しいと思った中トロを… もう若くはないので、脂がのった刺身を10切れ20切れはさすがに無理ながら、こうして1貫だけいただくと天にも昇る味わいだ。 それにしてもこの中トロ、前日も美味しかったけど、なんだか今朝は、見た目も味もグレードアップしているような気がするんですけど??? それが錯覚ではないことは、これまた昨日に引き続いてお願いしたウニで判明した。 てんこ盛り!! さりげなくカウンターの向こうにたたずむ大将の愛の証か??? これがまた美味しくて美味しくて。 この流通の世の中、沖縄でもウニは食べられはするものの、同じく明礬を使っているというのにこの味の違いはなんだ? ここでいただいたウニと、シーズンオフの古宇利島でいただく冷凍もの利用のウニ丼では、同じグループの生き物だとはとても思えないほどにその美味さに違いがある。 あまりにも美味かったのでもうひとつ頼んでしまった……。 東北で穴子に開眼して穴子仮面になってしまった僕は、ここ築地でついにちくちくウニウニ先生になってしまうかもしれない…。 穴子仮面といえば!! 前日いただいた穴子のそのあまりの大きさを見たうちの奥さんが言った。 「高はしの穴子丼1300円よりも、この穴子500円を2貫頼んだほうがお徳じゃない?」 そうかも!! そこでさっそく…… 穴子ダブル!! 2つ頼んだら、オタマサと僕とでひとつずつだと思った大将は、わざわざ1個ずつ小皿に載せて出してくれた。 それにしてもこの眺め! まさにレインポーブリッジ!! 穴子仮面、シアワセです。感動してます。 あまりに感動しつつその後卸売り市場を歩いていると、ついに穴子大明神にまで遭遇してしまった。 ちゃんと注連縄とお札まで備えた、穴子の巨大オブジェの神棚だ(お店の名前は忘れた…)。 もちろん手を合わせて感謝を捧げた。 その後は大将オススメのカニ味噌などを握っていただきつつ、移転を強いられている築地市場の事情など興味深い話を聞かせてもらった(弁富さんも、豊洲に移るそうだ)。 ああ、許されるならこのままずっと、そして明日も明後日も食べ続けていたかった。 でもまぁ、ナニゴトも腹8分目が長続きのヒケツ。 情報の世界ではけっして「1番人気」ではないかもしれないけど、我々の中での弁富すしさんはもう、唯一にして最高のお店のひとつになったのだった。 |