16・人生初もんじゃ

 洗濯物をホテルに持ち帰り、身軽になって再び勝鬨橋方面へ。

 行き帰りのルートを微妙に変えてはいるものの、行き着く先が同じなので、結局何度も同じ場所を通ることになる。

 さあ、勝鬨橋を渡ろう!!

 この勝鬨橋といえば、「こち亀」の中で描かれる両さんの少年時代のエピソードで出てきた記憶があった。
 たしか両さんが友だちのために、本来跳ね上げ橋であるこの勝鬨橋のコントロール室を占拠し、橋を駆動させるという話だったような記憶があったんだけど………どうだったっけ。

 ともかくそんな思い出(?)の橋を渡りきり、月島初上陸!!

 近年は橋のこちら側もすっかり再開発が進み、巨大なビルが立ち並ぶようになっている。
 なのでこの勝鬨橋を渡ったからといって、ことさら何がどうという雰囲気ではないんだけど、橋を渡ってすぐを左に曲がり、ちょっと歩くとおもむろに……

 …運河が。そしてそこには屋形船が何隻か係留されていた。
 うーん、いい感じ!

 そしてさらに先へ進むと……

 月島西仲通り、通称もんじゃ通りだ。
 そう、本日のランチは、月島でもんじゃ焼き!!

 …と決めていた。
 もちろんそのために、星の数ほどあるというもんじゃ焼きの店から、ひとつふたつみっつほどピックアップしてあった。
 いかな間の悪さを誇る僕であれど、これだけ予備の予備を用意しておけば大丈夫だろう。

 ところが!!

 11時くらいからオープンする店が多いはずなのに、11時に到着してみても、なんだか通りに活気がない。
 しかも暖簾を店の外に出していない店ばかりではないか。

 なんでなんで?
 もんじゃ焼きに虚偽表示騒動でもあったの???

 とりあえず第一候補にしていた「はざま」という店の本店に辿り着き、オープンしているとはとても見えない入り口のドアを開けて覗いてみると、店の方がいた。

 あの……まだ開いてませんか??

 するとそのご婦人は、

 「今日はねぇ、修学旅行でねぇ…」

 え゛ッ!?

 女将さんらしきその方がおっしゃったのは「修学旅行でねぇ…」だけだったんだけど、普段島でしているフツーの会話に近かったので、すべての事情を察してしまった。

 本日はお店全体が貸切なのである!!

 しかも!!
 もっとわかりやすい場所にあるこの「はざま」の2号店に望みを託してみたところ、案の定そこも貸切。

 そしてそして、予備の予備としてキープしていた月島小町をはじめとするその他の店も揃って貸切!!

 やってしまった!!

 よくよく考えれば、東京都内のとっておきの観光地、もんじゃ焼きの店が修学旅行の団体客で貸切なんてことがあってもおかしくない。

 平日の昼前であれば確実に空いているだろうという完璧だったはずの計画は、到着早々見事に頓挫してしまったのだった。

 まぁしかし、もんじゃ焼きですからね。
 こういうと失礼ながら、初めて食べる人間にとって、店の雰囲気にこそ様々な違いがあれど、あの店その店が作るもんじゃ焼きのビミョーな違いなどわかるはずがない。
 そもそも近頃はやりの「明太餅チーズ」なるメニューはどこで食べてもほぼ同じ、と地元の方も言っているほどだ。

 という話で自らを慰め、気を取り直して開いている店を探した。

 どうせだったら通りに面したお店よりも、昔ながらの立地っぽく、路地にそっとたたずんでいるお店がいい。

 辿り着いたのがここ。

 その名も路地裏もん吉。

 店頭に貼りまくられている各種有名人来店記念写真が少々うざったいけれど、その名のごとく路地裏にあるたたずまいはなかなかの風情だ。

 さっそく入店!!

 雰囲気は沖縄の古き良き大衆食堂のようで、壁にはメニューがズラリと並んでいる。お好み焼きも出す店のようだ。

 我々はうれしはずかし人生初もんじゃ体験なので、何をどう頼めばいいのか、客としてどうふるまうべきなのかということをよくわかっていない。
 よく知らないけどとりあえず………

 まずは生で乾杯。

 店内には、人気メニューベスト10なるものが表示されていた。
 右も左もわからない我々のような客のために用意してくれてあるのだろう。
 いわばもんじゃ界の海鮮丼のようなものか。

 ともかくお店が勧めているのだからということで、オタマサはそこから「納豆ネギ生イカ」なるものを選んだ。
 僕はもともと店がどこであれ食べてみるつもりでいた、近年の定番「明太子餅チーズ」を。

 で。

 なにげに一度に2人分頼んじゃったんだけど、もんじゃ焼きのシステムって、この1台の鉄板で一枚ずつ作るモンなんですね……。

 そんなこととは露知らず、思わずフツーに頼んだ2人分。
 結局1枚ずつ焼いて、食べ終わってから次のヤツをということになってしまった。
 それならそうと言ってよ……。

 店によっては客に焼かせるところもあるようながら、右も左もわからないヒトが来る率が高い店では、若いニィニィが手慣れた作業で手早く焼いてくれる。

 これが思いのほか面白い!

   

      

        

 ヘラを使ってキャベツを細かく刻む際の音が、なんともいえずエキゾチックにリズミカルで、昼になるにつれそこかしこでその音が聴こえていたから、旅の思い出的にはその音が「もんじゃの音」になっている。

 そして……

 人生初もんじゃ焼きのカンセーでーす!!

 パッと見、デカッ!!と思う面積。しかしピッツァでいうならローマ風のごとく薄々なので、案外ペロリといけてしまう。

 そして気になるお味は???

 美味しいッ!!

 お好み焼きの親戚のようなものだから、ある程度味の想像はついていたとはいえ、お好み焼きのような小麦粉食べてます的重量感はなく、どちらかというとメリケン粉はあくまでも脇役に徹しているような食感。
 そして意外や意外、イカが美味しくて驚いた、とオタマサがいう。
 これも築地が近いおかげか??

 ニィニィが「どうぞ」と言ってくれてからも鉄板は熱いままなので、食べている間に焼き加減が変わって(段々濃い味になって)いくのも面白い。
 そうやって焼きが進むとできるコゲがまた美味しい。

 ヘラを使って鉄板から剥がしてくれたニィニィが、「これも美味しいですから是非召し上がってください」というので食べてみたところ、完全にビールの肴!!
 弁富すしの大将だったら、間違いなく「ビールのお友だち!」と名付けることだろう。

 納豆ネギ生イカを平らげたあとは、お待ちかね、僕のメインイベントである明太子餅チーズ!!

 これが生前(?)の姿。

 明太子が1本丸まる!!

 それにチーズが加われば、やる気モードの導火線にたちまち火がつくのはその火を見るよりも明らかだ。

 が。

 我々よりも先に火がついたのは、隣の席で食べていた中学生らしき修学旅行生の女子だった。
 どうやら5、6名の男女混合の班単位で行動しているらしい彼女らは、当初我々に関係なく隣でワイワイやっていたんだけど、そのうちの一人の女の子が、我々の鉄板にチーズが投入されるやいなや、

 「チーズの匂いがするッ!!」

 と叫ぶなり、その匂いがする方向、すなわち彼女の真後ろの我々の鉄板に釘付けに。

 よほどチーズ入りのもんじゃが食べたかったようで、その後も何度も振り向く彼女なのだった。
 「食べる?」と訊いてあげはしたものの、さすがに手を伸ばすところまでは子供ではないらしい。
 彼女たちが2、3人であれば、一緒につつかせてあげたんだけどなぁ……。

 そんな明太子餅チーズもついに完成!!

 ……って、見た目ほとんど変わらないですけどね。

 生前はあんなに存在感たっぷりだった明太子は、焼きあがると「どこに?」ってなくらいになってしまっていた。
 しかし、たっぷり解けているチーズがこのうえない戦闘モードに。
 後ろの彼女が振り返るのも無理はない。

 そしてチーズが含まれていることもあって、このおこげは完全にビール用スナック菓子の域に達していた。

 いやあ、美味しいッ!!

 大阪方面の方は、ともすれば東京のもんじゃ焼きに対してライバル心を剥きだしにし、もんじゃ焼きはお好み焼きのバッタもん的存在として格下に見る傾向がある。

 一応大阪出身でお好み焼きも大好物のひとつである僕は、今回初めてもんじゃ焼きを味わってみて得た結論はひとつ。

 もんじゃ焼きとお好み焼きは別物である。

 両者は比較して相争う位置にある食べ物ではない。
 それはいわば、シカゴ・ブルズとシカゴ・ホワイトソックスのどっちが強いか、と言っているようなものだからだ。

 そしてたしかに言えることがもうひとつ。

 どっちも美味いッ!!

 大阪ではお好み焼きを、東京ではもんじゃ焼きを食べればいいだけの話ではないか。

 いずれにしても、あれほど鮮魚だ寿司だ自作料理だって食べてきておきながら、もんじゃ焼きのこの稿の太字率がこれほど多いのは、ひとえに文化的初体験的感動によるものであることは間違いない。

 我々の野望をあわや打ち砕くところだった団体修学旅行生たちにも、是非そのあたりも味わってみていただきたい。